2 01, 2012

イタリア古寺巡礼

イタリア古寺巡礼―フィレンツェ→アッシジ (とんぼの本) [単行本] 金沢 百枝 (著), 小澤 実 (著)

ジョットという名の少年―羊がかなえてくれた夢 [大型本] パオロ グアルニエーリ (著), ビンバ ランドマン (イラスト), Paolo Guarnieri (原著), Bimba Landmann (原著), せきぐち ともこ (翻訳), 石鍋 真澄

仕事が一段落したので、イタリアへ妄想旅行。写真がすばらしいです。フィレンツェの修道院、シエナの大聖堂(あの広場とつながってる道で迷子になった。ゆるい坂道登ると、目の前開けてドーンとね、あのシマシマがね。。。)、ピサの洗礼堂(堂内の1箇所にとっても音が響くポイントがある)、ラヴェンナのモザイク。。。パルマの大聖堂は行ったことないけど、いいなこの写真。山の中の石造りの修道院も。。。ああ「薔薇の名前」また観たいな。

そして、ジャーン、アッシジのサンフランチェスコ教会。清貧を説いた聖フランシスコの教会なのに、没後に作られた聖堂がゴージャスすぎないか?とよく言われるそうだけど、わたしは見た。教会前の広場には、各国の神父さんがいて、希望者にはそれぞれの言葉で中を案内してくれる。わたしたちがその広場で、日本人の神父さんを待っていると、同行していたとっても素敵なマダムに、イタリア人の神父さんが用もないのに、しきりに話しかける。そのきれいなご婦人にだけ。神父なのに、しかもこの教会の前でナンパするとは!イタリア男おそるべし。

イタリアで忘れられないのは、鐘の音。夕方、平野の上にポツンと置かれた石のようなアッシジの街に、赤い陽が当たる。坂道を観光客が帰って行って静かになる頃、ガラーンガラーンとまずサンフランチェスコ教会の鐘が鳴る。同時にサンタキアラ教会の鐘、どこか別の教会の鐘と次々に重なって、赤い夕陽に音が吸い込まれるようだった。平野の向こうには同じく石ころのようなペルージャの街が見える。

わたしたちが訪れた数年後、大地震が起こって、アッシジは圧死寺になってしまった。あれから修復進んでるのかな?あの夕陽が見える断崖のホテルのおじさんは元気かしら。

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ジオットの画は、パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂でも見た。わたしは中1の時、ジオットの絵が当時は革新的なスタイルだったということについて書かれた本を読んで、いつかはその画を見たいと思っていたので、感慨深かったな。

「ジョットという名の少年―羊がかなえてくれた夢」は、絵を描くのが好きな羊飼いの少年ジオットが、高名な画家チマブーエに才能を見いだされ、修行をして画家になったという言い伝えをストーリーにしたもの。絵本なのだけど、レイアウトや絵が、当時の祭壇画のスタイルになっていて、物語を読みながら自然に、中世〜ルネサンス初期の美術様式を知るようになっている。現代の基準からすればうまい絵ではないのに、なんていうか、とっても愛着を感じてしまうのだな。

Posted by ritsuko at 01:02 | |

1 30, 2012

ラジオ番組より2冊

TBS RADIO 2012年01月27日(金) キラ☆キラ オープニング - 小島慶子 キラ☆キラ

TBSラジオ、小島慶子 キラ☆キラをポッドキャストで聞いていたら、小島さんが気になる2冊を紹介していました。小さなお子さんをお持ちの親御さんは、氾濫する情報から「で、どれが本物なの?」と、切実な思いで毎日を過ごしていると思います。小島さんも二人のお子さんをお持ちのお母さん。事故後、ラジオから母親の視点で情報を流し、呼びかけてくれた人です。

児玉龍彦「内部被爆の真実
中川恵一「放射線医が語る被ばくと発がんの真実

このお二方は、表面上は異なる見解を持っているのだけど、どちらにも研究者が今現在できるかぎりの誠実な対応があると。どちらかを真実、もう片方をウソと決めつけず、それぞれの本をよく読むと、データが少ないためにまだ正解はわからないながら、立場が異なる研究者が自分の専門を生かしつつ、それぞれ現地で人々のために尽くしていることがわかると。

大事なことをおっしゃってると思います。あのトンデモ本といわれる「人はなぜ放射線に弱いか」でさえ、トンデモ部分に気をつければ、全体としては放射線入門としてすぐれた本でした。ムカッと来る情報のなかにも真実はある。あえて両方に目を通すことは大事だと思います。あと、その一冊だけでなく、著者の他の本も読んでみると、問題に対してどういうアプローチをする人かわかります。

にしても、普通に子育てをするために、普通に健康に生きるために、こんなに情報を精査しなければならないなんて、やはり負担が大きすぎる。たとえ原発と引き替えに豊かな生活があるとしても、今のような状況は間違っている。

Posted by ritsuko at 01:33 | |

1 19, 2012

小澤征爾さんと、音楽について話をする

小澤征爾さんと、音楽について話をする [単行本] 小澤 征爾 (著), 村上 春樹 (著)

出ました。グールド、バーンスタイン、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番。わたしは村上春樹の小説を読んで、よかったなあと思ったのは、最初の3部作だけで、その後の作品はなんか後で気持ち悪くなってしまうんだな。

インタリュードのひとつ、「レコードマニアについて」を読んで、ああだからかあとちょっと思った。音楽好きを自称する人で、自分で歌ったり演奏したりしない人は信用できないな。グールドについてえんえん語りながら、ゴールドベルク変奏曲の出だしだけでもちょっと弾いてみようとは思わないのか?

自転車でもそうなのね、乗るのは好きだけどレースを見ない人。レースを見るのは好きだけど乗らない人。ふつうどっちかが好きなら、プロの妙技を見ようとか、ひいきの選手がやってる競技をちょっとは体験したいとか、おもうやろ?バレエ習ってるときもそうだった。自分で踊る派か、劇場に通う派か、まっぷたつ。なんでなんだろか?

というわたしも、実はマニア・オタク道まっしぐらなとこあるけど。この本も一気に読んでしまったし。けどね、これ読んでも小澤征爾の音楽はわからんよ。音楽は本読んでも無駄だから。聴くしかない。それに応えるには自分で歌ってみたり演奏してみたりするしかないのニャ。

Posted by ritsuko at 23:14 | |

1 18, 2012

日本の魚は大丈夫か

日本の魚は大丈夫か―漁業は三陸から生まれ変わる (NHK出版新書 360) [新書] 勝川 俊雄 (著)

魚の汚染が気になる。。。著者は事故後、水産物に関する情報が少ない中、twitterで貴重な情報を流してくれている人。魚は大丈夫なのか?知りたくてフォローしたが、そのうち日本の漁業について知らなかったことがいろいろと。。。最後の1章が、水産物と放射性物質についてで、ていねいでわかりやすく解説されている。

著者のサイト
http://katukawa.com/
著者のツイッター
https://twitter.com/#!/katukawa

Posted by ritsuko at 13:50 | |

1 13, 2012

放射線とのつきあい―老科学者からのメッセージ

放射線とのつきあい―老科学者からのメッセージ [単行本] 岡野 眞治 (著)

NHK ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」の岡野先生。今回の事故に限らず、身近な自然保護の活動においても、とにかくフィールドに出て毎日計測し記録を残す、そういう地道な活動をされているご高齢な人を、ほんとうに尊敬する。自分には知識も技術も根性もなく、無理だーとおもうが、もしかして年齢を重ねればできるようになるのだろうか?だって、あたし若いときはものすごく忘れ物、無くしもの、落とし物が多く、何かについて物事をじっくり考えると言うことができず、その場その場の反射だけで生きていた気がする。それが今ではいくらか落ち着いて、こうやってblogまで書いている。。。アホはかわらないけど。

Posted by ritsuko at 01:04 | |

1 12, 2012

美の歴史

美の歴史 [単行本] ウンベルト エーコ (著), Umberto Eco (原著), 川野 美也子 (翻訳)

エーコの3部作を発行順の逆に読んで「美の歴史」。のちに「醜の歴史」「芸術の蒐集」に収められる項目もあり、やっぱりこれから読めばよかったな。

着衣のアドニス現代版はジョージ・クルーニーなのかあ。

Posted by ritsuko at 15:48 | |

醜の歴史

醜の歴史 [単行本] ウンベルト エーコ (著), Umberto Eco (原著), 川野 美也子 (翻訳)

パラパラとページをめくると終わりの方に現代の醜として「キッチュ」の次に「キャンプ」の項が。出た!1984年頃、ananだったかoliveだったか少女向けのファッション誌で、「古今東西のキャンプ大事典」が発刊されたという記事を読んで、この本ほしいと思ったのをおぼえている。キャンプにわたしが愛してやまないバレエ(白鳥の湖とか)が入っていることは知っていた。けどそれ以外になるとわからん、そういうことに興味を持ち語り合ってくれる友もいなかった。インテリぽい人がキャンプについてあれこれ書いていることを読む機会はあったけど、何言ってるのかさっぱり理解できなかった。あれから時代が変わって、キャンプは相変わらずキャンプなんだろか?もしかして内容がちっとずつ変わってきてるんじゃ?キャンプではないものを探すのが大変だったりして。。。

Camp: The Lie That Tells the Truth [ペーパーバック] Philip Core (著)

Posted by ritsuko at 15:21 | |

1 11, 2012

自由貿易は、民主主義を滅ぼす

自由貿易は、民主主義を滅ぼす [単行本] エマニュエル・トッド (著), 石崎晴己 (編集)

2009年「デモクラシー以後」のプロモーションのため来日した際の講演、対談、取材などを集めたもの。断片ながら、そのつど著者の主張が要約されているので、わかりやすい。(わかった気になってしまって、ほんとはわかってないかもしれないという危なさはあるが)

以前「世界像革命」を読んで、「世界各国の家族制度のあり方が、その国の人々の人権と平等にたいする基本的な考え方を決定する」という、そりゃそうだけど今まで誰も気がつかなかった事にガーンとやられた。ドイツ・スウェーデン・日本・韓国・・・は長子相続で権威主義の不平等社会。スペイン・イタリア・フランスなどは平等に相続する平等主義核家族・・・しかし、平等な社会には、それから除外される階層がある。白人以外の人種(アメリカ)、奴隷(古代アテネの民主制)。

トッドの予想は、自由貿易で労働と資本のグローバル化が進むと、世界規模で存在する不平等のレベルが各国の内部に導入される。先進国の中に第三世界並みの貧困層があらわれ、第三世界の富裕者はその国の一般人からかけ離れていく。自由貿易の世界は、本性からして万人の万人に対する闘争を組織する。

わたしは若い頃バリ島に行ったとき、カフェで会ったフランス人から、為替の矛盾について議論をふっかけられて、困って逃げたことがある。天安門事件直後の中国の田舎に行ったときも、若いわれわれが両替した大金を持っているのを恥ずかしく思ったことも。同様に働いているのに、手にする額が違うのはなぜ?日本に生まれたと言うだけで恵まれているのはなぜ?

グローバル化はこういう問題を地面をならすように自然に平らにしてくれるのか?とおもっていたけど、今まわりを見ると、仕事や収入の減少は国民全体に平等に訪れるのではなく、弱い所から(うちみたいな)沈んでいくみたいだ。つまり、グローバル化によって、国ごとの格差がなくなるのではなく、世界に存在する格差が国境を越えて侵入してくるのでは?

地理的に、政治的に近い場所で、貧富の格差が大きい社会は、もめ事が多そうだ。人間の社会とは、完全に平等にすることは無理で、せめてエリアを区切ってここまでは平等、とするのが精一杯なんだろか?

Posted by ritsuko at 00:25 | |

1 10, 2012

原発をどうするか、みんなで決める

原発をどうするか、みんなで決める――国民投票へ向けて (岩波ブックレット) [単行本(ソフトカバー)]<br />
飯田 哲也 (著), 今井 一 (著), 杉田 敦 (著), マエキタ ミヤコ (著), 宮台 真司 (著)

5人の対談形式のブックレット。この国民投票を実現させようという試みはネットで知っていたが、正直「だいじょぶなのか?」「望まない結果が出たら逆効果では?」とちょっと及び腰だった。今読み終えて、やってみる価値あるかもと思い始めている。

以下メモ

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飯田 哲也
富を分け合う政治からリスクを分け合う政治へ
危険社会―新しい近代への道 (叢書・ウニベルシタス) [単行本]ウルリヒ ベック (著), Ulrich Beck (原著), 東 廉 (翻訳), 伊藤 美登里 (翻訳)

社会、経済、科学技術の複雑さが増すとともに、政治家も国民も誰もが素人であり、ある分野ではプロである。従来型の代議制民主主義だけで、そうした現代社会に広がっている多様なリスクにかかわる問題を決めるのは無理がある。新しい時代の政治が求められる。それをベックは「サブ政治」と呼んでいる。


宮台 真司
有力議員、有力経済人、有力官僚のトライアングル既得権益者が、住民自治化プランと衝突する。人々が依存から自立へ、共同体自治が進むと、エネルギーの共同体自治にそぐわない電源は否定されるようになる。自動的に脱原発へ。電源の技術的合理性よりも、政治文化・制度の改良に注意を集中するべき。


飯田 哲也
1980年、スウェーデンでの国民投票の際は、投票まで1年間かけて18歳以上のすべての国民が徹底的に学習した。国民投票においては、結論よりもこうしたプロセスが重要。


今井 一
日本で最初に住民投票が行われたのは、新潟県巻町
r2: デモクラシー・リフレクション―巻町住民投票の社会学
当初、住民投票に反対する人たちは、「住民投票は衆愚」「住民エゴ」と批判を展開したが、今はそういう批判がなくなった。衆愚に陥ってはいない事実の積み重ねがあったから。議員よりも多くの市民が問題について深く学習して議論し、十分な判断力を身につけたから。

過去に日本で原発の住民投票を実施した地域は、三重県海山町、新潟県刈羽村、同巻町。原発反対派が圧勝。しかしその前後の選挙では反対派が敗北。吉野川の可動堰、名護市辺野古のヘリポート基地建設でも同様。各地の反対派は選挙では勝てないけど住民投票では多数を制している。住民投票後の選挙で負けても、これらの自治体では未だに原発も可動堰も作られていないし、プルサーマルも導入されていない。住民投票時に示された主権者の多数意志は今でもちゃんと尊重されている。


宮台 真司
宮代先生の3つのスローガン
・<任せて文句を言う社会>から<引き受けて考える社会>へ
・<空気に縛られる社会>から<知識を尊重する社会>へ
・<行政に従って褒美をもらう社会>から<善いことをすると儲かる社会>へ

Posted by ritsuko at 00:59 | |

1 09, 2012

芸術の蒐集

芸術の蒐集 [単行本] ウンベルト エーコ (著), Umberto Eco (原著), 川野 美也子 (翻訳)

若桑先生、お久しぶりです。また芸術と世界観の有限性についての話題に巡り会いました。この話題について考えるときは、先生が後ろに立っていてくださる気がします。(わたしは単なる一読者。先生とお会いしたこともお話ししたこともありませんが。)

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実用的リスト(有限)と詩的リスト

「終わりなき」増加への嗜好。

ポール・ヴァレリーの博物館批判、その3「その貪欲さが重苦しい」(博物館組織は私的コレクションから生まれ、私的コレクションは略奪から、戦争の戦利品から生まれたという理由による。)

ジョゼフ・コーネル、アルマン、ダニエル・ハーストらの作品は聖遺物の世俗版。使い古しのもの、ほこりまみれのものに対する同一の嗜好。狂気じみた集積に対する嗜好をあらわしている。

・城壁で囲まれ、広場を中心に持つ古代都市=フォルムの都市
・ロサンンジェルス(メインストリートから無限に拡大可能)=リストの都市
「リストの都市」は「開かれた迷路」のような様相を帯びる。

古典時代と中世の全般を通じて、リストはほぼ「一時しのぎ、応急策」であり、その下に常に、可能な秩序のアウトラインが、フォルムを与えたいという欲求が、透けて見える。変わって、近代世界になると、リストは「奇形」への趣味から構築される。バロック時代は、驚異的なものに対する趣味に導かれ、あらゆる分類がリストへ。中世の偉大な「大全」によって認められた世界秩序に最初の打撃を与えるためにリストは使われた。


マスメディアの視覚リストのテクニック
セクシーな美女の無尽蔵な連なり。世界の秩序に疑いを投げかけることを意図していない。反対に、その目的は繰り返し言うこと。あらゆるものが利用可能な豊富と消費の宇宙は、秩序だった社会の唯一のモデルを表現していると

マルクス資本論より
「資本主義者の生産モードが浸透する諸社会の富は、それ自体が商品の莫大な集積として現れる」・店のショーウインドウ・見本市・パサージュ

Posted by ritsuko at 23:27 | |

1 06, 2012

奄美の島々の楽しみ方

奄美の島々の楽しみ方 (ニッポン楽楽島めぐり) [単行本] あまんゆ (編集)

子どもの頃、同居していた父の妹、桐子ねえちゃんは、奄美大島名瀬の人と文通していた。おねえちゃんと同年代の若い女性で、その人が大分に遊びに来て、わたしたちは家族総出で別府温泉地獄巡りとか定番の観光めぐりでもてなした。そしてしばらくすると、今度は桐子ねえちゃんが、奄美へ遊びに行って、わたしにお土産よと、貝殻の標本や海岸で拾った珊瑚のかけらをくれた。見たことのない珍しい色やかたち!それがわたしのビーチコーミング好きのきっかけになったのです。奄美はぜひ一度行って見たい場所。

奄美にはアマミノクロウサギをはじめ、アマミノとつく特有の生き物がいる。6千万年前から180万年前、南西諸島は大陸と地続きだった。150万年前に、朝鮮半島&種子島&屋久島の南側、中国大陸&台湾の北、が水没。琉球列島が半島のように孤立した。つぎに、その半島の西側が水没して島に。さらに水位が上がって奄美大島、沖縄本島、徳之島になった。ハブが生息するのはこの3島だけ。一番高い山を持つ奄美大島には特に固有種が多い。

Posted by ritsuko at 15:25 | |

東京〜奄美

Lands&Memory 記憶の風景 東京~奄美 損なわれた時を求めて [単行本] 島尾 伸三 (著)

著者の両親(島尾敏雄・ミホ)は1980年頃、茅ヶ崎に住んだこともあったのですね。駅から扇状に広がる海への道のひとつで、車1台がやっと通れるくねくねした道、まばらながら人通りの絶えない道。ああ、あの道ですね。カトリック茅ヶ崎教会をのぞいて、ダークな茅ヶ崎案内。茅ヶ崎は「いいね」って言われること多いけど、まあ住民としては町おこし的な理由からもいいことにしておきたいが、ほんとはそんなでもないってわかってるのか?ふと不安になることも。こうやってズバリ言ってくれると、ちょっとスッキリするね。

よその国の遊びと生活様式を真似してる若者の暮らしが、この地域の歴史から培われた景観との調和などお構いなしの。。。って膝打って笑ったね。でも歴史っていったって、戦災で焼けなかったから古く見えるけど、実は何もない砂丘だったんだよね。。。真似されるほど強いイメージのライフスタイルの方が勝ちってことか?南欧風の家なんか建てちゃって、おまえら負けてんだぞってこと?

著作物を読むと著者は暗い人のような印象を受けるが、中華図案シリーズの写真は明るくて大好き。podcastでしまおまほちゃんの話を聞くと、お父さんはおもしろい人らしいし。まあ美術やる人って、辛口な人多いんですよ。

話は変わりますが、園子温監督は「愛のむきだし」で、なんで茅ヶ崎カトリック教会をロケに使ったのでしょう?映画見てて驚きましたよ。えっあの尖塔は!「エルマンボ」の方角から見た図書館の前の教会やん!またまたなんで、カトリック教会はあんな映画(わたしはいい映画だとおもいますが)のロケに使うことを許可したのか?いやいやカトリック教会すげえ、ともおもいますけど。

Posted by ritsuko at 15:23 | |

1 05, 2012

原発関連の本

気がついたら昨年、原発関連で40冊以上も読んでいました。日本国内にとうとう放射性物質拡散により人が住めないエリアができてしまった、という現実。友人、知り合い、お世話になった方にも東北地方出身の人がいて、ときどきはっとさせられる日々。今まで無関心でいた後悔。。。昨年は好きな本をがまんして半ば義務として読んでいました。

読んだ本の感想は「読んだ本」または「books」というカテゴリーに入っています。原発について知りたいけど時間がない方に、概要だけでも。。。ああでも大した事書いてないし、本当に個人的な感想・自分用のメモなので、一般論とはほど遠い。。。恥を忍んでご案内します。

また、どれを読んだらいいか?という方には下記の本をおすすめします。新たに検索してみると、事故前に出た名著の復刊、新装版、増補版が半年の間に出ていました。岩波書店の本は電子出版でも読めます


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・チェルノブイリ―アメリカ人医師の体験 ロバート・ピーター ゲイル (著), T. ハウザー (著), 吉本 晋一郎 (翻訳) 岩波書店(現代文庫版) amazon(現代文庫版) r2 (岩波新書版上・下)
事故直後に自ら日本にやってきたゲイル博士とは誰?何しに来たのか?知りたくて読み始め、わたしが原発本を読まなくてはというきっかけになった本。「技術的なことに関して完全には理解できていないからといって、意見を述べることを畏れる必要はないから、自らの考えをしっかり持ち、発表してほしい」「党の政策や一時的感情によってでなく、知識に基づいて投票することが、民主主義の国の国民の責任である。」という著者の言葉に触発されました。


・原発と日本の未来――原子力は温暖化対策の切り札か (岩波ブックレット) 吉岡 斉 (著) 岩波書店 amazon r2
・原子力の社会史―その日本的展開 (朝日選書) 吉岡 斉 (著)  朝日選書(新版) amazon(新版) r2(1999年版)
「原発と日本の未来」は事故後、図書館の原発関連のコーナーをうろうろしていて偶然手に取った本。これが事故の一ヶ月前に発行されていたことに衝撃を受けました。それまで原発本は、反原発派の人の「こわい」「あぶない」が連呼されているものしか知らず、客観的な立場から原子力政策を解説したものを初めて読みました。吉岡 斉(よしおか ひとし)の著作は片端から読みましたが「物理・化学から考える環境問題―科学する市民になるために」に、原発推進派の科学者がとらわれている「パラダイム」についての説明があり、そういうことだったのか・・・と一瞬霧が晴れた感じがしました。


・プルトニウムの恐怖 (岩波新書 黄版 173) 高木 仁三郎 (著) 岩波書店 amazon
・原発事故はなぜくりかえすのか (岩波新書) 高木 仁三郎 (著)  岩波書店 amazon r2
高木仁三郎の本も目に入るものすべて読みました。すでに他界した人ですが、素晴らしい仕事を残してくれていて感謝しています。前者は原発についての技術的な解説と警鐘。後者は原子力ムラに対する批判、原発のみならず個人として職業人としていかに社会と接するかという問題も扱っています。わたしはあえて、文化系の人に前者を、理系の人に後者をおすすめします。


・内部被曝の脅威ちくま新書(541)  肥田 舜太郎 (著), 鎌仲 ひとみ (著)  筑摩書房 amazon r2
・プルトニウムファイル〈上〉〈下〉アイリーン ウェルサム (著), 渡辺 正 (翻訳) amazon〈上〉 amazon〈下〉 r2
市井の被爆者を長期間にわたり診てきた医師の報告と、それを裏付けるアメリカ政府の極秘文書からの報告。この2冊の内容については意見が分かれるかもしれませんが、読む前と後では「放射性物質を扱う」ということについての感覚がかなり変わります。「プルトニウムファイル」は絶版で古書価格が高騰しているようです。(特に日本人が)原子力政策について判断するに当たり必読の書だと思うので、ぜひ文庫か電子出版で復刊して欲しいです。


・知られざる原発被曝労働 ---- ある青年の死を追って ---- 藤田 祐幸 岩波ブックレットNo.390 岩波書店 今の一冊/編集部だより amazon r2
原発被曝労働者30万人。原爆の被爆者手帳保持者30万人(1995年)。国内に同じ規模の2つの被爆者の集団。しかし国から受けることのできる権利は雲泥の差。原発のシステムの一面が見える本。昨年11月に復刊されました。


・隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 小出 裕章 (著) amazon r2
講演会の収録。話し言葉でわかりやすいです。エネルギー消費量と平均寿命はある時点から相関関係がなくなる。生命維持に関係ない無駄なエネルギーが膨大に消費されているこの社会構造への批判。汚染食品とどう向き合うか?事故が起こってしまった今どう生きるべきかヒントをくれる本です。


・脱原子力社会の選択―新エネルギー革命の時代 長谷川 公一 (著) 新曜社(増補版) amazon(増補版) r2(1996年版)
アメリカ、サンフランシスコのサクラメントにて、住民投票により原発が廃炉にされた。そのいきさつ。日本とは事情が違うところもありますが、脱原発を現実にした例。具体的な手法が学べます。


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コレには真実があると思えた本は、読む過程が著者と寝食を共にする旅のようでした。著者の人生、ある事象に対し彼(彼女)がどう行動したか、その課程でどのように考えが変わっていったかをなぞる旅。厚い本を読むのは時間がかかりますが、ネットでスキャンした情報とは質が違う気がします。

amazonマイストアにもリンクを置いています。

Posted by ritsuko at 11:31 | |

1 03, 2012

イタリアの魔力―怪奇と幻想の「イタリア紀行」

イタリアの魔力―怪奇と幻想の「イタリア紀行」 [単行本] 島村 菜津 (著)

「スローフード」「エクソシストとの対話」の島村奈津さん著。幽霊案内人という人が何人か出てくる。幽霊ツアーが観光、事業、町おこしに利用されているのね。幽霊さんも忙しい。カタコンベ、人体標本館、過去(中世)に陰惨な事件のあった場所、なんだ、あの話かと思いながら読むと、ふと暗闇に引き込まれる一行に会ったりする。リミニの城の幽霊ツアーに参加した話の最後のところとか。

Posted by ritsuko at 23:57 | |

12 26, 2011

もっと知りたい!本当の沖縄

もっと知りたい!本当の沖縄 (岩波ブックレット) [単行本] 前泊 博盛 (著)

「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか関連で、沖縄の本を。
人口の推移、失業率などのデータが載っていて、じんわりくる。表紙の裏の地図「沖縄の位置=太平洋の要石(すとーん・オブ・パシフィック)」を見ると、那覇を中心とした半径1500kmの同心円上に、東京、平壌、広州、マニラ、サイパン、グアムが並ぶ。その500km外側には、青森(三沢基地)、北京、西安、ハノイが。「本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること」の、「ペリーはまず西側から、浦賀に来る前に先に那覇に来ていた。」を読んで、あわてて世界地図を見直したが、またまたこうして地図を見直すと、いかにふだん東京を中心に考えすぎているかを思い知らされる。

岩波ブックレットは同時代の問題を扱い、内容濃く簡潔な文章、580円と手頃、すぐ読める。おすすめ。

Posted by ritsuko at 23:23 | |

12 21, 2011

困ってるひと

困ってるひと [単行本(ソフトカバー)] 大野 更紗 (著)

著者は難民支援活動家。それがある日一転、難病を発病し、自分が治療難民になってしまった。自分が難民として生きてみると、外から難民の生活を見ていただけではわからなかったことが見えてくる。いかに仲がよくても血がつながっていても、人の好意や支援には限界がある。大事なのは法の整備。ところが、当事者になるまで、人はそういうことに無関心。ある日突然足を取られてから、あるはずの柵や手すりにつかまろうとするが、ものすごく昔につくられて手入れされていなかったヤツとか、あるいは何もないこともある。法の制定には時間がかかる。困ってからどうこうしてといっても遅い。

あと、イケメンや美しい人は存在するだけで周りの人を幸せにするって、わかるな。高校時代、卒業生が教育実習に来た。その実習生が授業をすると、いつも眠そうな生徒たちが目をらんらんと輝かせて授業に集中してる、特に女子!!とオッサンの先生はぼやいてましたね。くま先生も嫉妬したんでしょうね。こんなに自分が面倒見てんのに、そっちの方が100倍回復効果あるのかい!とね。

自分の価値はなんだろか?がんばって何か結果を出さなければ認められないのか?子どもの頃から親の関心を引くためにずっといい子でなければならなかった人は、そういうライフスタイルが身についている(チェーザレのように)。

病気でも、何もできなくても、ただ存在するだけで愛してくれる、そんな人は貴重だ。がんばらなくていいんだよ、元々いいところがたくさんあるんだから。そう言われたら、すがってしまうな。それでも、この人といたら自分はダメになると思ってしまう時も来るんだけど。

この前に「リトルフォレスト」を読んだけど、この主人公イチコちゃんと、大野さんが重なって見えちゃう箇所もあった。


endogenous soul 大野更紗のブログ
著者のblog

Posted by ritsuko at 02:27 | |

12 18, 2011

原発への非服従

原発への非服従――私たちが決意したこと (岩波ブックレット) [単行本(ソフトカバー)]<br />
鶴見 俊輔 (著), 澤地 久枝 (著), 奥平 康弘 (著), 大江 健三郎 (著)

Posted by ritsuko at 01:33 | |

わたし クリスマスツリー

新装版 わたし クリスマスツリー (講談社の創作絵本) [大型本] 佐野 洋子 (著)

Posted by ritsuko at 01:30 | |

リトル・フォレスト

リトル・フォレスト(1) (ワイドKCアフタヌーン (551)) [コミック] 五十嵐 大介 (著)

Posted by ritsuko at 01:27 | |

12 08, 2011

第五福竜丸から「3.11」後へ――被爆者大石又七の旅路

12 02, 2011

メディアをつくる―「小さな声」を伝えるために

メディアをつくる――「小さな声」を伝えるために (岩波ブックレット) [単行本(ソフトカバー)] 白石 草 (著)

http://www.ourplanet-tv.org/

Posted by ritsuko at 01:40 | |

10 29, 2011

「原子力ムラ」を超えて―ポスト福島のエネルギー政策

「原子力ムラ」を超えて―ポスト福島のエネルギー政策 (NHKブックス No.1181) [単行本(ソフトカバー)] 飯田 哲也 (著), 佐藤 栄佐久 (著), 河野 太郎 (著)

311以降に出版された本は、すでにwebで見た情報をまとめたという感じで、断片的な印象もある。単なる情報の寄せ集めと、1冊の本にすることを前提に書かれたものとでは、読後に残るものがちがうな。やはり紙の本って大事よ。少なくとも人生の初期には書籍をしっかり読む体験が大事。webの情報ですますだけでは教養は身につかないと思う。

Posted by ritsuko at 14:08 | |

原発を終わらせる

原発を終わらせる (岩波新書) [新書] 石橋 克彦 (編集)

Posted by ritsuko at 14:06 | |

10 12, 2011

私たちはこうして「原発大国」を選んだ

私たちはこうして「原発大国」を選んだ - 増補版「核」論 (中公新書ラクレ) [新書] 武田 徹 (著)

これまで読んだ原発関係の本は、発行部数の少ない学術書、または報告書ぽいのが多かった。これはサブカルぽい匂いのする本。こういう本があるのは、いいことだと思う。あらゆる読者に対応した、原発関連本があるべきなので。

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ノイマンはコンピューターを核兵器の爆縮(プルトニウムを爆発物で均一に囲って一気に臨界にする)の計算のために開発した。長崎では間に合わなかったが、水爆の開発で必要だった。そして先制攻撃されて報復するとき通信手段を確保するため、パケット通信、今のインターネットの元になるものが開発された。

ジョブズ亡き後、いろんな人がいろんな言葉を発表したが、そのほとんどは「あっそう」と通り過ぎ忘れてしまった。そのなかでオバマ大統領の弔辞「ジョブズの名前はその製品によって世界中に知られた」というその言葉はわたしの頭に残っている。アップルの開発を支えたのは国家予算ではなくて、ジョブズの神話に吸い寄せられた個人消費者と、無名の技術者たちだった。

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わたしは、スカリーの時代のアップルに短期間だが勤めたことがある。当時は日本に、販売・ユーザサポートを担当するApple Japanと、システムのローカライズを担当するUS本社の子会社Apple operations and Technologies Japanの2社があり、わたしは元Apple U.S.のエンジニアにしてKanjiTalkの開発者、ダン・ストリビの手下となって、Ops and Techに送り込まれた。

当時は製品のラインナップがとても多く、誰が使うんだ?というような首をかしげるようなのもあった。それが日本語環境で動くよういちいちテストしていた。社員同士でも「来月この会社ないかも」とささやきあっていた。当時のAppleを「学級崩壊状態」と回想する人のblogを読んだが、その通りだった。社内は業務についてのケンカが多く、いつもどこかで怒鳴り声がしていた印象。

そんな会社でも、ジョブズの伝説に魅せられていろんなエンジニアが転職してきた。なかには日本の大企業で有名な携帯システムの開発をしていた人などもいた。けどAppleは子会社の日本人にはソースを公開しない。ジョブズ伝説に吸い寄せられる優秀な頭脳を使い捨てていたと言っていいと思う。

当時やっていたのは、TrueTypeの開発だった。わたしはそれ以前に小さなデザイン会社に勤めていて家電製品や業務用大型冷機の表面に貼るプレートやシールなども作っていて、なにかと近所の小さな写植やさんに行って、文字を紙焼きしてもらっていた。いつも大量の印刷物を腕利きの職人さんが忙しくさばいていたその工場で、うちの発注は少量でほとんど儲け外だったとおもう。わたしが行ったときは、社長自らがサンダル履きで出てきて、ちょこちょこと焼いてくれた。事務所の隅の木の椅子に座って仕上がるのを待っていると、お茶を出してくれ、社長の趣味の無線の話などをした。

DTPの出現は、デザイナーにとっては夢のような技術だったが、それによって写植やさんは仕事がなくなった。安価でトラブルなしのTrueTypeの開発によって、DTPは格段に普及した。一方それはFont業者の過去の遺産をも徹底的につぶすものだった。

万人に対してシンプルな使いやすいものを提供するために、既存のものをすっぱり切り捨てる非情さ。美しさ・フレンドリーさと、非情さは表裏一体。伝説と便利さに魅せられてApple製品を購入することでその一部になったような幻想を見ることはできるが、向こうはこっちを仲間とは思っていない。という現実もあるとおもう。Appleの製品はすばらしい。けどそれを使わせてもらうだけでいいのか?

あとね、当時契約社員が正社員に昇格する最終試験は、自社製品について重役たちが居並ぶ前でプレゼンすることだった。役員になった人は、自社の社員によるプレゼンをすっごくたくさん見たんじゃない?

アメリカ人にしょっちゅう言われていたことそれは「〜〜するためには、〜〜するだけでいい」しんぷるいずべすとっちゅうことだけど、ランス・アームストロング(アメリカ人)がツール7連覇後にインタビューでそう応えていたときは「あーっまたか」とげんなりしたわ。

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本の内容とは関係なくなったけど、ちょうどこの本を読んでいたときジョブズが他界したので。

Posted by ritsuko at 13:29 | |

9 28, 2011

地震考古学

地震考古学―遺跡が語る地震の歴史 (中公新書) [新書] 寒川 旭"

古墳は巨大な地震計。らしい。過去に起こった大地震の痕跡が古墳に残っているそう。

Posted by ritsuko at 15:13 | |

9 27, 2011

デモクラシー・リフレクション―巻町住民投票の社会学

デモクラシー・リフレクション―巻町住民投票の社会学 [単行本] 伊藤 守 , 松井 克浩 , 渡辺 登 , 杉原 名穂子

2003年12月、東北電力は新潟県巻町に予定していた原子力発電所建設計画を撤回した。32年越しの紆余曲折、全国で初めて原発立地を問う住民投票が行われて7年目。そのいきさつ。

巻町が住民投票を実施するにこぎつけた理由は
・工業化に遅れて過疎傾向にあったが、新潟市のベッドタウンとして宅地開発が進行。従来の地縁血縁のない人々が流入。原発の恩恵に無関係で快適な住環境を求める住民の増加。
・行政や電力会社への不信。原発建設に関わる情報の開示・住民自らによる判断材料への要望。
・政策決定に住民の意志が反映されていない事への不満。
・女性たちの政治への参加。
等があった。

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小出裕章氏は、原発を研究するうち、これは都市には建てられない。過疎地にのみ立地可能とわかって、原発の矛盾に気がついたと言っていた。巻町の場合、計画当初は過疎傾向の土地だったのが、周辺都市のドーナツ化現象によって、いつしか立地に適さない場所に変わっていた、というのもあると思う。町の税収も昔からの農業従事者、事業者からのものより、近隣都市に通勤する住民からの方が大きくなってきたんじゃないだろうか?

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この本は4人による共著。「政治社会学・社会運動論」「農村社会学・社会学史」「ジェンダー研究・文化社会史」「メディア研究」と、それぞれちがう分野を専攻している4人が、巻町という「場所」で起こった社会現象を、様々な角度から分析研究している。これぞ「トコロジスト」活動ではないだろうか。できれば経済関係の研究者もいればよかった。

幅広く多角的な視点から、ある狭い地点を研究する人、またはグループは、環境問題を考えるとき欠かせない存在になるだろう。

Posted by ritsuko at 22:49 | |

タカの渡りを楽しむ本

タカの渡りを楽しむ本 (BIRDER SPECIAL) [単行本] 久野 公啓

ワシタカ類の渡りの季節なのですね。ココ↓を見てチェックしてみました。
シーズン到来!「タカの渡り」特集 デジスコとバードウォッチングの専門店、ホビーズワールド。

<おもしろくてためになる>鳥の雑学事典 [単行本(ソフトカバー)] 山階鳥類研究所

鳥の羽図鑑を見ていたら、鳥の換羽のシステムについてはこの本を読むようにと書かれていた。鳥の羽はほぼ1年に1度抜け替わるのですが、一度に全部抜けちゃうと飛べなくなるので、少しずつローテーションで抜けるグループと、覚悟を決めて暇なときに一度に集中して換羽するグループがいるそうです。

鳥たちの旅―渡り鳥の衛星追跡 (NHKブックス) [単行本] 樋口 広芳

ケルト文明とローマ帝国 (「知の再発見」双書) [単行本] フランソワーズ ベック, エレーヌ シュー, Francoise Beck , H´el`ene Chew , 鶴岡 真弓, 遠藤 ゆかり

Posted by ritsuko at 21:55 | |

9 17, 2011

脱原子力社会の選択

脱原子力社会の選択―新エネルギー革命の時代 [単行本] 長谷川 公一 (著)

わたしが読んだのは1996年刊。2011年増補版も出ているようだ。アメリカ、サンフランシスコのサクラメントにて、住民投票により原発が廃炉にされた。そのいきさつ。

トラブル続きだった、サクラメント電力公社のランチョ・セコ原子力発電所。スリーマイル島の事故後、反原発運動が始まるが、メンバーは25人ほどしかいなかった。チェルノブイリの事故後、自然発生的に原発に危機感を持つ人が増え連帯していった。

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反原発派が住民投票で多勢になれた理由

・ベイエリアと比較して保守的なサクラメントで多数を制するため、急進的な反原発運動に対するアレルギーを刺激しないよう、反原発一般でなく、1箇所の原発の閉鎖に的を絞る戦略をとった。その動機は安全性と経済性のみに照準を合わせた。そのため、カウンターカルチャー的な運動スタイルを持つサンフランシスコ周辺の反原発運動の参入を断ったことも。

・住民投票は有権者の範囲が小さいほど住民側の危機感が投票結果にストレートに繁栄されやすい。

・有権者の居住空間と電力サービスの受益者の範囲が完全に重なり合った。

・サクラメントは、環境グループ・社会運動組織の拠点があり、生活者としてサクラメント市民。運動ノウハウや資金などを供給した。

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廃炉決定後、廃炉そのものにも膨大な費用が必要だった。原発なき後、サクラメント電力公社はいかにして経営を立て直したか。

・省エネは発電に相当する 真夏の電力ピーク時に、電力会社からリモコンで家庭のエアコンのスイッチを切ることができる契約を導入。

・省エネ家電への買い換え運動。

・電気自動車の普及 夜間に充電することで 時間帯による消費電力のバラツキを補正。 電力会社の安定収入に。


とってもいいことが簡単に実現できるようだが、問題もあると思う。電気自動車や省エネ家電の開発・生産に必要な電力は家庭消費の数倍。それらは地元にない。電力需要の輸出によって実現したことにならないか?製造業地帯に問題を押しつけたとは?

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原発推進派と反原発運動派はそれぞれ違うロジックで動いているため、議論が平行になって歩み寄るのが難しい。そこで有用なのが、政策提案型のNPO。と著者は書いている。こんなわたしでも原発について考えてみようかとグラッと思ったのは「ミツバチと地球の回転」という映画を見て、今までとは違うエネルギー政策のありようがあることを知ったときだった。そういうNPOが存在することもそのとき初めて知った。その後福島の事故が起き、一気に切実な問題になったが。

わたしはだれが総理だろうが、大臣だろうが、暴言吐こうが、浮気しようが、どうでもいいと思う。正しい政策が実行されれば。大臣は誰でもいい。委員会に偏った人事采配を行わず、正々堂々議論が行われる場があれば。人物批判する時間がもったいない。それよりも同じ時間・紙面が、政策について検討されることに使われたほうがいい。

Posted by ritsuko at 11:25 | |

ヨーロッパ科学史の旅

ヨーロッパ科学史の旅 (NHKブックス)  高野 義郎 (著)

文字を読みすぎたので、写真や地図からも見直しておきたくてパラパラと。グラビア印刷の写真でも建築物の外観・内装の威厳に圧倒される。特にイギリスで田園風景のような水辺の環境が細心の注意を払って自然に見えるよう保存されているのを見ると、それを維持する人たちのものすごい教養の力を感じてしまう。

memo
コペルニクスの地動説の最初の信奉者にジョルダーノ・ブルーノがいた。彼はローマのカンポ・ディ・フィオーリで火刑に処せられた。そのほぼ300年後の1915年、同じ場所古本市で一人の少年がお小遣いをはたいて一冊の物理学の本を買った。エンリコ・フェルミだった。

Posted by ritsuko at 10:49 | |

本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること

本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること―沖縄・米軍基地観光ガイド [単行本] 矢部 宏治 (著), 須田 慎太郎 (写真)


digのpodcastで、福島と同じ構造だとして「フクシマ論」とともに推薦されていた本。

写真で見る米軍基地の観光ガイド。基地の背景について28項目の説明がある。その最初の「ペリーはなぜ、最初に那覇に来たか」を読んで驚いた。そのうえで、No11「アメリカの対日政策」を読むと、ガーンとくる。ベネディクトの「菊と刀」、ハンチントンの「文明の衝突」などの著書は、日本の文化がアジアの他の文明と異なると日本人に思い込ませるための工作。そんなこと初めて知ったわ!

いや知ってましたよ、日本と中国を相対させておくのがアメリカさんの政略だということは。けど具体的なモノが出てくるとショックやわ。次世代では東アジアに儒教を中心にした勢力ができる、ただし日本人が中国に寄り添うのは心情的に難しいかもと予言したローレンス・トーブの言葉に、たしかに難しいだろうなと思ったわたしはやはりまんまとやられているってことですよね。

そしてさらに、みんな大好きな司馬遼太郎批判。「街道を行く」になぜ基地が出てこない、こんなにいっぱいあるのにという。。。たしかに。

ある時代のリアルな感情というのは、信頼できる人の体験談からしか理解する方法がありません。

わたしもそう思う。

memo
日米同盟の正体~迷走する安全保障 (講談社現代新書) 孫崎 享 (著)


Posted by ritsuko at 01:41 | |

9 14, 2011

飛べ!「はやぶさ」 小惑星探査機60億キロ奇跡の大冒険

飛べ!「はやぶさ」 小惑星探査機60億キロ奇跡の大冒険 (科学ノンフィクション) [単行本(ソフトカバー)] 松浦晋也 (著)

コレ読んでまた泣いちゃったんだよ。子ども向けに書かれた本。私にはこれくらいでちょうどいいです。てか、これ以上技術的な説明が詳しくなると無理です。全ての漢字にはふりがながふられている。こどもには理解が難しいかなとおもわれる単語が容赦なく使われているが、それでいいと思う。物語と内容があれば、読んでいるうちにわかるようになるだろう。言語ってそういうものだものね。科学といえど、それを語るのは言葉なのだ。


memo
「セーフホールドモード」緊急時に時間を稼ぐ仕組み。安定した状態に持ち込んで、時間を掛けて本格的な対策を考えるため。

memo
中和神社(ちゅうかじんじゃ 岡山県真庭市 中和器の神様 ^^)
飛行神社(ひこうじんじゃ 京都)
飛不動尊(とびふどうそん 浅草)
やるべきことをすべてやったか運用チームが自問自答するためのお札

Posted by ritsuko at 11:06 | |

9 03, 2011

3つの原理―セックス・年齢・社会階層が未来を突き動かす

3つの原理―セックス・年齢・社会階層が未来を突き動かす [単行本] ローレンス・トーブ (著), 神田 昌典 (監修), 金子 宣子 (翻訳)

内田樹氏がいつか推薦していた本。
・カースト
・性
・年齢
の3つの視点から人類の歴史を解き明かそうとする試み。

著者は東京在住の外国人。このカーストのモデルは、古代ヒンドゥーの神話からヒントを得たものだそう。

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カースト交代のプロセス。

旧カーストの支配する中心地域である第一世界の辺境、旧カーストの力が及ばず、いまだ旧カーストのさらに以前のカーストの力が残っている地域(第二世界)において、革命が起きる。

第一世界での新カーストの台頭は、革命でなくおだやかな発展的な道のりをたどる。旧カーストは、上昇カーストにしか動かせない新たなシステムの必要性を生み出す。下降カーストは、新システムを機能させるために上昇カーストを雇い入れ、やがてこの新カーストはボスを解雇し、あるいは引退に追い込む。(またもや思うガンジーの言うとおりだ)

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文明の成長過程が、ヒトの年齢による成長と似ている、とはわたしも思っていた。ので即理解。

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男女の性を陰と陽に分けて解説。わたしは恋愛対象は男性の女性だが(美しい男性には興味あるが、女性には興味なし)、頭の中、基本的な考え方・感性などは男性に近いところがある。これは父親によって後天的にそう訓練された&影響を受けた教師や上司がみな男性だった、ところによると思う。いやでも、あたし他の女子となんかちがうとはっきり意識したのは小学校5、6年だったからなあ。両方の性別の考え方がわかるので、かえって違いがよくわからない。りっちゃん、なんかちがうよね、と言われても、自分では自分のことがよくわからないのだ。

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日本は今「労働者カースト」の時代で、次に来る「精神・宗教の時代Ⅱ」を迎えつつあるらしい。その精神とは儒教。極東の日本・中国・朝鮮による儒教ブロックができて栄えると。儒教ブロックは大東亜共栄圏と同じ場所をカバー。ただし戦前に日本が支配していた偽装「商人カーストの時代」とは違うモノ。「労働者カースト」の平等主義と連携の精神による。ヨーロッパのEUのようなもの。精神的中心=中国(EUにおけるフランス)、経済の中心=日本or韓国(EUにおけるドイツ)ぽいんじゃないか?日本にとっては順応が難しいかも。日本人は他人と対等な関係を結ぶのに慣れていない。個人対個人でも、国対国でも。

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儒教ねえ。そうよね、日本語に敬語があるのも儒教の影響よね。おばあちゃんの机の上には漢語の本が並んでた。昔は教養と言えば四書五経だったのね。

儒教の影響があまりに体に染みついているので、日本人である自分にはよくわからないのかもしれないが、わたしにとって日本とは、稲作の国だわ。イネという植物がヒトを養い、イネに寄生する動物ヒトは稲作に適応した社会を作ってきた。天皇制とか。日本人のチームワークがいいのは、その名残り。

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巻末に4つのカースト・性・年齢のモデル、各時代におけるカーストの勃興図など、図表があり、それを最初に見ておくと内容を理解しやすい。

Posted by ritsuko at 21:30 | |

現代科学論の名著

現代科学論の名著 (中公新書) [新書] 村上 陽一郎 (編集)

「物理・化学から考える環境問題―科学する市民になるために」で吉岡 斉によるパラダイムの説明を読んで、へーそうでしたか。。。と思ったわたし。「科学革命の政治学―科学から見た現代史」を図書館の棚に戻したとき、隣にあった本。パラパラめくると、クーン「科学革命の構造」についての項があって、つい借りてしまった。

よく目にするパラダイム論の原典「科学革命の構造」が出版されたのは1962年。(非常に地味な「科学論」という分野ながら、世界的な大ベストセラーになった。)クーンは、物理系の大学院生だったとき、文系の学生に講義するに当たり、歴史的な観点でやってみようと思った。そしてアリストテレス力学をニュートン力学で説明しようとして無理なことに気がつく。両者には互換性がまったくない。

歴史を通じて一つの科学が存在し、時と共に発展してきたとふつう思われていることは間違い。科学の歴史は、一貫した連続的な進歩の歴史ではなく、非連続な幾つもの系の連鎖として理解すべき。その一つ一つの系が「パラダイム」。

メモ:参考図書
・科学革命の構造 トーマス・クーン (著), 中山 茂 (翻訳)
・科学革命における本質的緊張―トーマス・クーン論文集(トーマス クーン)
・パラダイムでたどる科学の歴史 中山 茂 (著)
・パラダイムとは何か クーンの科学史革命 (野家 啓一)
・マートン科学社会学の歩み―エピソードで綴る回想録 R.K.マートン (著), 成定 薫 (翻訳)

つぎつぎいろいろ出てくる〜。

Posted by ritsuko at 16:29 | |

8 29, 2011

隠される原子力・核の真実

隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ [単行本] 小出 裕章 (著)

2010年12月刊行。
「放射能汚染の現実を越えて」と同じく過去の講演会の収録。話し言葉だけにわかりやすく心に響く。

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日本では原発の廃棄物は再処理工場に運ばれ、地元に残ることはないと説明されてきた。しかし再処理工場の稼働の実現が疑問視される今、特にプルサーマル燃料の再処理工場はさらに不可能のような見通しの中、現実には核廃棄物は原発の敷地内に貯めていくしかない。(この本の刊行後起こった福島の事故で、その事実が明らかになった。)

著者はそのこと自体には反対ではない。なぜなら、原発を誘致するなら、やっかいなゴミはどこかに行ってくれると思うこと自体が誤り。原発を受け入れるなら、永遠の毒物をも含めて受け入れる覚悟が必要。

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「11章 再処理工場が抱える膨大な危険」より

「十分な希釈・拡散」とは広範囲に汚染を広げること
六カ所再処理工場は、クリプトン、炭素、トリチウムの全量を環境に捨てる。経済的な理由を惜しんで本来為すべき処置を取らないのは故意の犯罪。

チェルノブイリ事故時、日本は汚染食品の輸入制限をした。しかし汚染食品そのものが無くなったわけではない。それらは、原子力からは何も恩恵を受けない貧しい国の人々に押しつけられた。

六カ所再処理工場が動けば、放射性物質が放出される。周辺の環境・食品が汚染される。汚染食品を消費者が拒否すれば、生産者は破綻。それを回避するには再処理工場の稼働を許さないこと。

もし稼働を止められなかった時、汚染食品とどう向き合うか?一人ひとりの生き方の根本が問われるだろう。(福島の事故が起きてしまった今、まさに個人個人のスタンスが問われている。)

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「12章エネルギーと不公平社会」より

エネルギーと寿命
1890年〜2006年までの日本におけるエネルギー消費量と寿命の相関を表すグラフによると、エネルギーが絶対的に不足していた時期1947年あたりまでは平均寿命40歳ぐらい、長生きできない。エネルギー消費量がわずかに増加した時期1962年頃までは、寿命が飛躍的に伸びた。その後、エネルギー消費量は2006年に1962年の3倍以上になったが、寿命は延びていない。つまり今の日本では、生きるためでなく贅沢をするためにエネルギーが使われている。

エネルギー消費の格差
世界の人口をエネルギー消費量によって4つのグループに分けると

        人口    エネルギー消費量
    先進国:16億人 :68%
  開発途上国:16億人 :17%
   第三世界:16億人 :10%
極貧の第三世界:16億人 : 5%

生命維持に関係ない、単に贅沢をするためだけに、一部の人だけが膨大なエネルギーを浪費している。特に日本におけるエネルギー消費の拡大は異常。このスピードでエネルギー消費を続けると、そのような環境で生きることが難しくなる。

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原発は小回りのきかない発電方法で、季節時間に関係なく通年需要用の一部にしかならない。原発に石油の代わりができるのは、エネルギー消費量の1割のみ。

家庭用電力は、エネルギー消費全体の13%でしかない。家庭で節電しても効果は少ない。一方、個人が浪費を押さえれば産業界のエネルギー消費が減り、家庭以外の電飾消費が節約される。

個人のエネルギー消費を問題にする以上に、エネルギーを膨大に使ってしか成立しない社会構造、産業のあり方の変革が必要。エネルギー中毒社会から抜け出すために、自分でできる方法を見つけること。自分がどのような未来を選択するかに関わる。

代替エネルギーを探すなどという生ぬるいことを考える前に、まずはエネルギー消費の抑制に目を向けなければならない。


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小出裕章さんは、エレベーター・エスカレーター・クーラー・テレビは絶対使用しないことを自らに課しているそうです。先日ラジオに出演されたときも、9時就寝と決めているので、特別に録音での出演だった。番組のアシスタントの女性アナウンサーは、この著書の最後の章を読んで涙が出たと言っていた。それを聞いて、わたしもこの本を読もうと思ったのです。

昨日、そのアナウンサーさんは、別の放送で「汚染食品や海水浴を怖がるのと、原発を容認することが別々に考えられている。それらは直結しているはずだ。汚染食品を怖いとおもうなら、原発も容認すべきでない。」とビシっと言っていました。「個人的には」というレベルではなく、公人として仕事の場でも言う勇気ある人だ、小出さんのメッセージはこの人の心に届いたのだなあ、魂があるってこういうことか。


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汚染食品とどう向き合うか?あなたはどうしていますか?今まで原発は安全とだまされていた、こちらに責任はないから断固拒否する、ですか?わたしは原発は危険だと実は知っていました。原子力資料情報室のメルマガを取っていたし、広瀬隆の「危険な話」も読んでいました。ただ、どこか遠くの国の出来事のように思っていた。今回の事故後も、うちには子どもがいないから、我々自身はもういいな、ぐらいの気持ちだった。つい先日「放射能汚染の現実を超えて」で、先進国が拒否した汚染食品が弱者である第三世界に押しつけられるのは不公正というのを読んで、申し訳なかったと思ったけど、まだまだだった。今朝、この記事を読むまでは。

東日本大震災:汚染牛問題 給食の牛肉使用、茅ケ崎市の小学校が見合わせ /神奈川 - 毎日jp(毎日新聞)

弱者とは、自分が住む街の小学校の給食だった!

これはかなりショックだった。記事を見るうち、タイトルの上に「ツイートする」20というのがあって、これはこの記事を引用してtweetした人が20人いるという意味。20をクリックしてみると、その内容がtwitterのタイムライン上に出てきた。そのうち単なる引用ではなくて、自分の言葉を書き添えてあるtweetを見ると、茅ヶ崎在住の人だった。その人のblogからリンクをたどると
【放射線防護】 7.21 茅ヶ崎市長との面談記録:オリーブの林をぬけて。:So-netブログ

珍しく茅ヶ崎市が本気出してるとおもったら、このお母さんたちのおかげでした。
保育園給食に使用する食材について|茅ヶ崎市公式ホームページ

毎日の記事にあった「服部信明市長は「牛肉の生産、流通関係者に配慮したい思いはある。しかし子供たちの保護者の関心も高いので、食を提供している市として食の安全に万全を期したい」と説明した。」とはこのことか(市長の仕事とは各方面からの圧力を調整することだけなのか?その根幹に哲学や将来への展望はないのか?)。で、茅ヶ崎市が拒否した牛肉はどこへ?


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メモ:江守正多『地球温暖化の予測は「正しい」か?不確かな未来に科学が挑む』2008


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今まで読んだ原発関係の本で、これは参考になったと思う本を、リストにしてみました。
荒波を前にして足がすくんで震えている小さなわたしのお守り - これからの世界を決めるガイドブック

Posted by ritsuko at 19:31 | |

放射能がクラゲとやってくる―放射能を海に捨てるってほんと?

放射能がクラゲとやってくる―放射能を海に捨てるってほんと? [単行本] 水口 憲哉

大事なことだと思うので、新たにエントリーを作った。原発は発熱量の2/3を海水で冷却、つまり海に捨てている。環境への影響が心配されるのは、それによって海水温が上がり生態系に影響が出るのでは?という点。

しかし再処理工場の場合、排水そのもに放射性物質が含まれる。ここが大きく違う。

基本的に放射性物質は外に出さないという前提から、一線を越える事になる。

自然界には存在しない物質を出し続けてオッケーということになる。これは絶対あってはならないと思う。

Posted by ritsuko at 19:08 | |

8 27, 2011

戦後科学技術の社会史

戦後科学技術の社会史 (朝日選書) [単行本] 中山 茂 (著), 吉岡 斉 (著)

p.256
原発立地について

地元住民による原発建設反対運動

欧米の場合:デモ・ロビー活動・公聴会・法廷闘争などによって争われるのが常

日本の場合:地権者・漁業権者の不同意(土地とカネ)しかないと言っていい。特に漁業関係者の反対が頑強。土地や海が公共のものという意識が希薄。言い換えれば、反対運動の重荷を地権者が負う。大間の熊谷あさ子さんなど「最後の一人」にかかっている場合も。

この本の発行は1994年。1996年に新潟県巻町で原発建設の是非を争点に全国初の住民投票が実施されている。

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漁業権と言えば、最近読んだ本。再処理工場からの放射性物質を含む廃液の海洋放出についての情報を伝える本。読んでいるうちに、これはターゲットが漁業関係者だとわかった。海洋の汚染は素人にはなかなかわからないので、一般市民にとっても貴重な情報源。

放射能がクラゲとやってくる―放射能を海に捨てるってほんと? [単行本] 水口 憲哉

Posted by ritsuko at 22:49 | |

8 26, 2011

物理・化学から考える環境問題―科学する市民になるために

物理・化学から考える環境問題―科学する市民になるために [単行本] 白鳥 紀一(編),吉村 和久 (著), 前田 米藏 (著), 中山 正敏 (著), 吉岡 斉 (著), 井上 有一 (著)

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メモ

第5章 公共利益の観点からみた原子力研究開発政策ー高速増殖炉サイクル技術を中心に(吉岡 斉 著)
そのなかの6節「成功しそうにない技術」になぜ固執するのかという項目。

高速増殖炉サイクル技術という存在は、いまだ夢の技術なのか?それとも衰退期の技術なのか?そのイメージによって、原子力開発自体の未来展望が左右される。ので、原子力関係者にとっては死活問題。

科学技術の花形分野として特別待遇を受けてきた原子力研究者の既得権益の確保という現実的問題もある。そのためこの研究には強い生命力がそなわっている(しぶといってことね)。しかしそれでも世界的には衰退の道をたどりつつある。

科学者・技術者は政策決定の場に欠かせないが、公共政策の判断を全てまかせてしまってはまずい。科学者の協力には限界があることを、科学者自身も、政策決定関係者(国民を含む)も知っておくべき。

その限界とは、研究者の能力・利害ということだけではない。彼らが本質的に「前進主義」的な傾向を持つことにあること。問題の解決に当たり、知識の不断の前進という目標を実現するのが、彼らの職業上の思考方法。

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メモ

科学者の問題解決の努力は「パラダイム」による。(詳しくは第7章)パラダイムの説明を読みながら、ああーと思う。

パラダイムを基礎として進められる科学は「通常科学」と呼ばれパズルのような性格を持つ。解答が必ず存在すると信じられていて、正統とされるルール(概念・方法論など)があらかじめ決まっている。その特徴により、累積的発展=解決済みの問題が増えていくという発展パターンを示す。

(ものごとには必ず正解があり、時間がかかってもいつかは解決されるはず。。。って科学者に限らず信じている人は多い)

しかし時間が経つうちに、既存のパラダイムでは説明しにくい変則例が積み重なってくる。次第に多くの研究者が既存のパラダイムを疑い始める。が、研究者は容易には既存のパラダイムを放棄できない。ほとんどの科学者は既存のパラダイムで変則例を説明することを目指す。(ダーウィニズム→ネオダーウィニズムみたいなの?)

それが困難な場合、科学者に与えられる選択肢は3つ。
・転職
・他分野に転身しそのパラダイムに従う
・同じ分野で新たなパラダイムに乗り換える

パラダイムの基本的性格
・プロの科学者集団・制度化された専門分野に属するかぎりパラダイムは絶対的存在
・パラダイムの根幹の中心的信念を決定的に反証することは困難
・科学者は合理的思考を好むが、パラダイムを疑う方向には働かない

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感想

なるほど。有名な大学の組織の中に居た人が定年退職後、足かせが取れたように自由な発言をして、それが話題になりベストセラー。。。養老孟司、武田邦彦氏が思い当たる。

在職中にパラダイムを疑い転身。。。菅谷昭氏。

「合理的思考を好むが、パラダイムを疑う方向には働かない」典型例で一般人からトンデモと言われる人。。。「人は放射線になぜ弱いか」の著者、近藤宗平氏。

ラジオデイズ - 澤田哲生×モーリー・ロバートソン「原発論議、日本に理屈を閉じ込めないで対話を進めよう
この東工大の先生なんかも。なんじゃ、この人?と思っていたが、そういうことか。。。

理系出身の夫は原発推進派の科学者について「だって、理系の性(さが)だからしようがない」と言う。科学者というのは、とことん開発したいし、その過程で出てくる問題も、さらに科学の力で解決しようとする。だって科学者だから。。。らしい。

科学だから正確で間違いはない、科学の力は絶対、というのは錯覚。科学者は科学を道具として使うけど、パラダイムに固執するという人間くさい動機も持つ。それをわれわれ国民は前提として知っておくべき。

そして高速増殖炉サイクル技術が、俗人には理解しがたい非常に高度な技術だからといって、科学者にしかわからないと、普通の人が政策決定に参加するのを放棄してはならない。(また言われた。ゲイル博士も高木仁三郎もそう言っていた)

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わたしの私見

しかしながら、パラダイムに固執するのは科学者だけかというと、様々な職業、特に営業職、製造業、任意団体、愛好会など、価値観を同じくし同じ目標を掲げる団体に属する人は、多かれ少なかれパラダイムに縛られていると思う。環境問題で課題になる、それら立場の違うグループの利害を調整するにあたり、コーディネーターの役割を果たすと期待されている人々がいる。

それは「トコロジスト」と呼ばれるアマチュアの博物学者。トコロジストは場所についてのアマチュア専門家。自然・歴史・伝承・開発予定などあらゆる分野でその土地に通じている人。カバーする分野は極力広く、場所は狭いほどいい。一人では難しい場合は、複数人でグループを形成する。大磯・照崎のアオバト観察会「こまたん」のメンバーと元平塚博物館館長の浜口哲一氏によって提唱された。

今回の原発の事故の前にも、大気汚染、河川の汚染、交通事故の増加、大規模公共事業による環境破壊、食品添加物の問題、などいろいろあり、そのたびに、起こってしまった不都合は、新たな開発により上から蓋をするかたちで解決する、という方法が取られ続けてきた。あーあまたか・・・という気持ちになるが、人々の感覚が変わりつつあるなと思う瞬間もあるようになってきた。とおもうよ。まとまらないけど終わり。

Posted by ritsuko at 17:53 | |

科学革命の政治学―科学から見た現代史

科学革命の政治学―科学からみた現代史 (中公新書) [新書] 吉岡 斉 (著)

ノーベル賞への批判。科学の発見が軍需産業と二人三脚であることを忘れてはならない。

この本には書かれていないが、以前、伊東乾氏のコラムで読んだ話。原爆の開発にも寄与した物理学の発見にノーベル賞を贈るに際し、被爆国である日本人にも賞を授与してバランスを取った。川端康成の自殺はそのことと無関係ではない。

それ以来、外国人が「美しい」とか「秩序がある」とかほめてくれるたび「ふぅぅーん」と思ってしまう。ノーベル賞ってったって、しょせんヨーロッパの人の価値観による彼らの賞なのだわ。ツール・ド・フランスと同じ。それを越境して認められることにはとても価値があるのも事実だけど、それがすべてではないと知っていることも大事ね。

Posted by ritsuko at 11:23 | |

8 24, 2011

科学者は変わるか―科学と社会の思想史

科学者は変わるか―科学と社会の思想史 (1984年) (そしおぶっくす) [古書] 吉岡 斉 (著)

科学の研究は、それ自体がただちに何かを生産するものではなく、産業的には自立しにくいので、研究を続けるためには国家規模の巨大な権力・資本の庇護下にある必要がある。そのため、基本的に科学は国家戦略と共に歩むことになる。もともと科学とは「御用」なのであり、研究内容より、予算を獲得できる研究者が偉いという組織枠の中で行われている、という前提からの出発。

どこかバレエ、オペラなどの大がかりな総合芸術と似ている。宗教もかな。歴史的に長く存続できた宗派には政治の庇護があった。科学と宗教は対立することが多いけど、あれは似たもの同志、キャラがかぶるので仲悪いんじゃない?

科学・芸術・宗教などは、政治や産業など俗世的なものから独立した孤高なものという印象だが、現実の姿はかなり違う。それを歴史的に検証し、これからの進むべき道を考えようという本。典型的な例はやはり核兵器の開発。各国における原爆の開発(日本も終戦前までやっていた)その派生物である原子力発電について。

Posted by ritsuko at 10:45 | |

8 23, 2011

津波と原発

津波と原発 [単行本] 佐野 眞一 (著)

「「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか」と同じく、地方からの視点で取材したルポ。津波と原発で避難している人々、原発で働く作業員など、現地に訪ねて取材した話。家族や土地の歴史、どのように原発が入ってきて暮らしが変わったか、原発の前にあった別の大資本による事業、災害・飢饉・中央資本に翻弄されながら、たくましく生きてきた人々の話。(新宿2丁目でバーを経営していた人の節税術には、そんな手を!と舌を巻いた。)

p175
日本に原発を根づかせた正力松太郎について。彼自身は原発についての科学的知識は全くなかった。正力が興味があったのは、大衆が好むもの=野球・テレビ。原発もその一つ。わたしたちは今も彼の作ったシステムの上で、テレビで野球を見、新聞で結果を確認するという安穏とした日々を送っている。その暮らしは正力が導入した原発から送られた電気でまかなわれている。今回の事故はそのような正力の巨大なてのひらから脱することができるかどうかの試金石。

著者は「「フクシマ」論」の開沼博にも会って取材をしている。「「フクシマ」論」は大変興味深く、貴重な著書だと思うけど、元々が論文なので、取っつきにくいところがある。重くて持ち運びにくいし。時間がない人にはこちらの「津波と原発」をオススメ。

Posted by ritsuko at 15:19 | |

8 12, 2011

「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか

「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか [単行本] 開沼博 (著)

原発問題とは何なのだろう?最初はエネルギー問題かと思っていた。そのうち、どう考えてもこんな利益に比べてリスクもコストも高すぎる割に合わないものはないと知り、あたしが知ってるぐらいだからエライ人はもっとよくわかってるだろう、原発を続ける理由は他にあるのか?軍事問題とか?日本がアメリカの植民地だからか?と思っているうちに、文明と科学技術についてまた一から考え始め、ただいま吉岡斉祭りなのだけど、ある日ラジオで、別の視点からの本のことを聞いた。

Dig | TBS RADIO 954kHz 放送後記 7月14日(木)「原子力ムラは、今」

この本は原発を受け入れている地方からの視点。

読後の感想。それでもやはり原発は、搾取の手段だと思う。高度経済成長時代は終わったのだし、これからは産業も文化も電力も地方地方で独自に小じんまりとやったほうがいいと思うな。

以前は推進派だった人たちも、最終的には原発はやめた方がいい、と言い始めている。まるで、自分は最初からそうだとわかっていたような口ぶりで。(ガンジーの言うとおりだね。「やがて、彼らはあなたの主張を取り込み、以前から自分たち側のものだったように装う。勝利はまず、嫌な以前の敵方のものになり、今では、彼らはそれがもともと自分たちのものであるようにして取りこんでしまい、次にそれは歴史に属するようになる。」)

けど、急にやめるのはどうか?などとまだ言っている人は、現実がわかってないんだろう。

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以下メモ


内国植民地の征服 地方←→中央 「資本論」「オリエンタリズム」

マクロアプローチ
 原子力の3つのとらえ方
 「エネルギー問題」
 「核・軍事・外交問題」
 以外の問題
1戦後成長の基盤(経済)
2地方の統制装置(政治)
3幻想のメディア(文化)

「原子力の社会史ーその日本的展開」吉岡斉
「脱原子力社会の選択」長谷川 公一
(70〜80年代アメリカにおける脱原発の分析)

メゾアプローチ
「巨大地域開発の構想と帰結―むつ小川原開発と核燃料サイクル施設」舩橋 晴俊, 飯島 伸子 , 長谷川 公一
ナショナル←→ローカル
受益権←→受苦権
地域開発による、地域・環境に対する問題の背景

ミクロアプローチ 近年増加、地域の多様化
「デモクラシー・リフレクション―巻町住民投票の社会学」
伊藤 守, 松井 克浩, 渡辺 登, 杉原 名穂子
「住民投票運動とローカルレジーム―新潟県巻町と根源的民主主義の細道,1994-2004」中澤 秀雄
「日本の原発地帯」鎌田慧
「六ヶ所村ラプソディー」鎌仲ひとみ
「ためされた地方自治―原発の代理戦争にゆれた能登半島・珠洲市民の13年」山秋 真

「原発」は「沖縄」の共通点

強欲・国策・電力会社・地元権力 VS 地域社会・社会運動、という二項対立構造ではない。抑圧、変革に帰結する構図からの脱却。
中央の欲望がムラを抑圧

ムラもまた欲望している、がゆえに抑圧されている。
当事者の「経験」への注目。ラディカルな歴史が立ち上がる可能性。

1895~1945 外へのコロナイゼーション
1945~1995 内へのコロナイゼーション
1995~ 自動化・自発化されたコロナイゼーション

Posted by ritsuko at 15:14 | |

8 06, 2011

放射能汚染の現実を越えて

放射能汚染の現実を超えて [単行本(ソフトカバー)]小出 裕章 (著)

1992年刊。講演録で口語なので、わかりやすく誰にでもすぐ読める。科学技術のカースト制に関係なく、すべての人に共通する問題からの切り口。原発問題を論ずるなら、まずコレを読んでからその上で始めよう、と思わずにいられない本。

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吉岡斉祭り続行中。同時に「3つの原理」も読んでいるので、それぞれの内容を比較しながら考え込んでしまい、なかなか進まない。ああ、美術とか自然とか本当に好きな本を読みたい。

Posted by ritsuko at 02:54 | |

7 26, 2011

植生環境学

植生環境学―植物の生育環境の謎を解く [単行本] 水野 一晴 (編集)

Posted by ritsuko at 08:10 | |

7 25, 2011

今こそ、エネルギーシフト 原発と自然エネルギーと私達の暮らし

今こそ、エネルギーシフト――原発と自然エネルギーと私達の暮らし (岩波ブックレット) [単行本(ソフトカバー)] 飯田 哲也 (著), 鎌仲 ひとみ (著)

「ミツバチの羽音と地球の回転」の上映会のセッションなどと、ほぼ同様の内容。全54ページ。

自然エネルギーで火力や原子力の代わりになるのか?とよくいわれる。わたしもそう思っていた。鎌仲監督は「都市の油田は省エネ」と言った。話半分にきいていたが、実際に事が起こってみると、節電の効果はけっこうあった!日本人すげえとマジ思ったよ。

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小出裕章先生を見習って、エレベーターを使わないようにしていたのだけど、今日荷物が重くてとうとう使ってしまった。早寝早起きは無理。毎晩テレビでツール・ド・フランス見てた。。。掃除機は使っちゃうな、アレルギーなので。食洗は、うちは人力が1台ある(ときどき文句言うけど笑)。311以来炊飯器は使ってない、圧力鍋。電子レンジも極力不使用、特にオーブン機能、パンはガスの魚用グリルであぶる。エアコン、ドライヤーは元々使わない。押入の除湿機は必要。

Posted by ritsuko at 15:05 | |

チェルノブイリ診療記

チェルノブイリ診療記 [単行本] 菅谷 昭

内容は

プロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷 軌跡のメス

を見てのとおり。「人はなぜ放射線に弱いか」に書かれていた、良性の甲状腺腫瘍もすべて被曝のせいにして不要な手術をした、というのは間違いと確信。ちゃんと検査して悪性のものだけを治療している。チェルノブイリの事故の影響により、子どもの甲状腺悪性腫瘍が増加したのは事実。ただ、ベラルーシは内陸で、恒常的にヨウ素が不足しているため、海産物をよく食べる日本とは事情がちがうとも著者は書いている。

この本は、人としての生き方の選択について書かれた本でもある。注目したのは、著者が「自分が受け入れられたのは、(甲状腺手術の)スペシャリストだったから。ピンポイントで必要とされる高度な技術を持っていたからで、でなければ かえって受け入れ先の負担になるだけだったろう」と語っているところ。

非情に狭い分野で何かを突き詰めて追求するという生き方でも、それがかえって不特定多数の多くの人を助けることになる、長くつらい修行の先にあったものが、たくさんの人を助けるというご褒美だったとしたら、最終的にその人生はなんと恵まれたうらやましいものか。

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チェルノブイリの経験を生かして悲劇を回避せよ----松本市長/医師・菅谷昭《下》(1) | インタビュー | 投資・経済・ビジネスの東洋経済オンライン

Posted by ritsuko at 12:51 | |

7 11, 2011

ヤバい統計学

ヤバい統計学 [単行本] カイザー・ファング (著), 矢羽野 薫 (翻訳)

「い」だけが平仮名ですよ〜シリーズ。あまりヤバくないし、統計学って感じもしない。

Posted by ritsuko at 11:15 | |

7 08, 2011

ツナグ

ツナグ [単行本] 辻村 深月 (著)

号泣メーン!もしあたしだったら、誰に会いたいかな?

Posted by ritsuko at 20:41 | |

7 01, 2011

海と魚と原子力発電所

海と魚と原子力発電所―漁民の海・科学者の海 (人間選書) [単行本] 水口 憲哉 (著)

海と魚と原子力発電所 ー漁民の海・科学者の海ー
水口憲哉 著
農山漁村文化協会(農文協)

一晩寝たら、また変わっていた。わたしはぁテクノクラート派ですなどとよくもしゃあしゃあと言えたもんだ。過去の自分のblogを読むと、わたしが反戦派なのは、戦争を体験した祖母に幼少時言い含められたからであり、憲法9条を支持するのは、小学生の時かわいがってくれた担任の先生の影響だ。

合理性や経済性を使って他人を説得する作業は割とうまくできると思う。けどその前に、すでにどの方向に論を導くか、腹の底は決まっている。その動機は、幼少期にそう教えられたからだ。つまり自分が感じる「まっとうさ」に操られている。それは言葉にできない。

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祖母は明治の家父長制と戦争に振り回され傷ついた経験から、権威と贅沢を嫌い、どんな境遇の人にも平等に接しやさしかった。

「道で摘んだ花は、人の勝手な気まぐれで連れてこられたのだから、せめて命つきるまで毎日お水をかえてお世話するのよ」

「まあ、毛虫がこわいなんて、小さな小さな生き物じゃないの。これに一体何ができようか。鉄砲撃ったり爆弾落としたりする人間のほうがずうっと怖いよ」

「人を一度でも裏切ったら、信用というものは取り戻せないよ。そりゃそのときは許されるよ、けど同じ事が起きたとき、あのときああだったから今度もまた。。。と思われてしまうものなのさ」

「男と女の仲とは不思議でね、あるときは皮と骨がなかったら溶けてくっついてしまいたいとまで思うときもある、けどまたあるときは相手がものすごくいやになって顔も見たくない時もある。ずっと同じって事はない。いつも心は揺れ動くものだよ。」

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小学校の担任の先生は特攻の出撃予定日の数日前に終戦し、先に死んだ級友の霊とともに生きていた。

「先生がいなくなっても、きみたちが自分で勉強しつづけられるよう、方法を考えて教えておきたい。」

「きみたちがおおきくなるころ、一家に一台コンピューターがあるだろう」(当時コンピューターはタンスより大きかった。障子を外して縁側から入れるんだろうか?と思っていた)

「きみたちがおおきくなるころ、よのなかに情報があふれて、そのなかからほんとうのこと、役に立つことをえらぶちからが大事になるよ」

「本や教科書に書いてあるからといって、そのまま信じてはいけないよ」

私は小学生の頃まったく作文というものが書けなかった。先生はどんな子でも作文を書ける方法があると教えてくれた。カードに思いついたことを書き、順番を考えて並べ変えればひとつのお話になる、というものだった。学生になって、梅棹忠夫の本を読んで、これだったんだ、先生もこの本を読んでいた!と感動した。

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そんな小さないろいろなエピソードがセットになったものが、自分にとっての良識・譲れない線となって体内に存在する。反戦や9条だけをこのセットからピンセットでつまみ出す事はできない。強固な固まりだから機能しているのであって、解体してしまったら、自分が自分でなくなる。

そしてもっと深く思い返すと、その人たちが自分を理解しかわいがってくれたという、センチメンタルな思い出がある。アタタタ。

子どもの頃の体験は自己完結していて、大人になってから他人とシェアするのは無理だ。

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このごろ、ラジオやテレビやネットで、いろんな人がいろんな事を言う。そのとき話の途中で、「個人的には」と頭につけるひとには何かうさんくささを感じる。だって、ということは、それまで雄弁に語っていた、個人的な考え以外のことは、ウソのタテマエなのか?ということになる。

高木仁三郎の著書の中にあった言葉、「わが国は」で始まる論文に注意、そういう言い回しは、個人の良心による責任を回避することにつながる、というのが忘れられない。

Posted by ritsuko at 00:30 | |

6 23, 2011

鯨と原子炉

鯨と原子炉―技術の限界を求めて [単行本] ラングドン ウィナー (著), Langdon Winner (原著), 吉岡 斉 (翻訳), 若松 征男 (翻訳)

吉岡斉 翻訳ということで読み始めたが、著者は何が言いたいのかいまいちよくわからない。あきらめたところで、ふと巻末の訳者あとがきを読んで、本書の内容を知った。

エイモリー・ロビンス提唱「ソフト・エネルギー・パス」とは
1.小規模分散型エネルギー供給
2.需要の質に見合った種類のエネルギー供給
3.徹底的なエネルギー利用効率の向上
の3つの原則を徹底させることにより、便益を減らすことなしに一次エネルギー消費大幅に削減する路線。将来的には再生可能エネルギーだけで、すべてのエネルギー供給を賄うことを目指す。この路線にとって原発は好ましくないもので、廃止すべき。

感情やイデオロギーを振りかざす「反原発」に対して、合理的で経済効率でも優れているという主張の「脱原発」に近い考え方かな。

それを著者はまっこう批判しているというのだ。どっちかというと過去に存在した「反原発」派の主張に近い。

「効率という考え方は広く人々の同意を獲得しているので、それはときどき、もっと挑戦的な政治的争点をこっそり持ち込もうと考える人々によって、概念的なトロイの木馬として用いられる。」

(ちょっとわかんなくなってきた)

このくだりを読んで、訳者はギクリとさせられた。というのは訳者自身が、「現在日本で行われている原子力政策論争において、ロビンスと同様の「カウンター・テクノクラート」ーーテクノクラート的な論法を用いて、政府の従来の誤りを立証し、それと異なる政策の採用を提唱するものーーの立場をとっているからである

訳者、吉岡斉いわく。日本の原子力政策は、公共利益の観点から論理的・実証的に堅実な手続きによって策定された試しがない。むしろ原発利権を有するインサイダー集団、文部科学省、経産省、電力業界、原子力メーカー、原子力学会関係者などの利害調整の結果として、政策が決定されてきた。関係省庁や業界の利益にはかなっていても公共利益の観点からは落第点。とくにプルトニウム利用に関する政策は、合理主義的な論理によっては弁護不可。

そのため原子力分野の政府審議会報告書は、論理的・実証的に堅実なものでなく、ファジーな論理を多用して無理やり、インサイダーにとって都合のよい結論を導くものとなるのが常。日本ではたいていの政策領域について、同じことが言える。テクノクラート的合理主義に基づく論議によって、ファジーな議論を論破することは、さほど困難なことではない。

だが、こうしたテクノクラート的合理主義が、万能でないことは明らかである。一般的にいって民主主義の方が、合理主義よりも上位に置かれるべき価値基準であり、民主主義と合理主義の双方とも満足できるような合意形成には、唯一の正解というものはなく、最適の解答が時代と場所によって、微妙に異なると考えられるからである。

政策決定に関与する者は、この問題に無神経であってはならない。一人ひとりの市民も、社会の主権者である以上、無神経であってはならない。しかし少なくとも、政府に任命された委員会のメンバーが公共利益の観点から最善の政策を提案するという方式を採用した場合は、合理主義的なルールに則ることが妥当。それが責任ある態度。

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ううむ、著者であるウィナーには悪いけど、わたしもやっぱりテクノクラート派ですね。冷たいように思われるかもしれないが。だってイデオロギー、人種、宗教、文化の相違による争いは泥沼になる。もともとすべての人に共通するものではないのだし。

ある社会の構成員全員、または通信や交通の発達によってますます狭くなる地球の構成員にとって、共通する真実は、技術的な合理性と経済性だとおもう。

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脱原発の国:ドイツ、イタリア
原発大国:フランス

で、思い出すのがエマニュアル・トッドの「世界像革命--家族人類学の挑戦

長兄が家督を継ぎ他の兄弟たちとは差別される家族制度と、兄弟全員が平等に扱われ等分に相続する家族制度。育った家庭環境が、元々人間とは平等な存在か、不平等なものなのか、後の社会観を決定するという。。。(あるものはコミュニストに、あるものはファシストに)

さて、日本は。。。? 原発の運用をしている側の人たちは、自分たちが利益を受けるのは当然、それで他人が迷惑を被っても仕方ない。という立場にあるように見える。東電や保安院の対応を見ていると。原発の技術はどうかわからないが、運用する人があれじゃあいやだな。日本は温暖化に比例してだんだんラテン化している(笑)とわたしは思っている。

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今日聞いてて笑った、そして大手メディアにも良心があるのかと胸をなで下ろした番組。
Dig | TBS RADIO 954kHz 6月27日(月)「なぜ菅総理じゃダメなのか?」

Posted by ritsuko at 13:18 | |

6 21, 2011

原子力の社会史―その日本的展開

原子力の社会史―その日本的展開 (朝日選書) [単行本] 吉岡 斉 (著)

原発と日本の未来――原子力は温暖化対策の切り札か (岩波ブックレット) [単行本(ソフトカバー)] 吉岡 斉 (著)

吉岡 斉(よしおかひとし)祭り。

核燃料再処理事業について。電力業界はコストがかかりすぎるという理由で、及び腰の姿勢をとり続けてきた。そういえば、のらりくらりといつまでも建設中なようだ。

かといって、事業から撤退もできない。なぜかというと、再処理事業を稼働するという前提で、青森県に使用済み核燃料・高レベル放射性廃棄物を引き受けてもらっているから。

青森県は、いずれは最終処分地に移送するまでの暫定的な処置ならという前提で受け入れていて、永久的な貯蔵は認めていない。再処理事業が中止になると、高レベル放射性物質の受け入れ先がなくなる。

再処理事業中止の場合、現在原発がある自治体も、永久貯蔵施設になるのを怖れて、原発の敷地内に中間貯蔵施設を建設するのを拒否する。

廃棄物の行き場がなくなる。→形だけでも再処理施設を建設し続けるしかない。

なんという。。。どうかんがえてもおかしくない?このシステムを維持しているのは官僚のみなさんだが、官僚は任期さえ無事済ませればいいので、先のことは考えない(のか?)肝心の政治家は官僚に牛耳られている。

Posted by ritsuko at 22:55 | |

6 18, 2011

地図で読む戦争の時代

地図で読む戦争の時代 [単行本] 今尾 恵介 (著)

Posted by ritsuko at 23:07 | |

6 17, 2011

原爆犯罪―被爆者はなぜ放置されたか

原爆はこうして開発された [単行本] 山崎 正勝 (著), 日野川 静枝 (著)

原爆犯罪―被爆者はなぜ放置されたか [単行本] 椎名 麻紗枝 (著)

死にすぎた赤ん坊―低レベル放射線の恐怖 (1978年) [古書] E.J.スターングラス (著), 肥田 舜太郎 (翻訳)

Posted by ritsuko at 14:21 | |

6 15, 2011

甲状腺微小癌の話

人は放射線になぜ弱いか」に記述のあった、

ベラルーシで子どもの甲状腺腫瘍が増えたのは、検診のしすぎ。「死体解剖をして甲状腺を調べると数個の腫瘍がみつかることがふつうであるといわれている、甲状腺腫瘍は悪性なものはまれである。したがって、がん検診が有害である場合の証拠がチェルノブイリ事故の調査の影の部分に存在すると思われる」(p248)

というのはやはり間違い。という意見。

Twitter / @ShinyaMatsuura: 読む。 甲状腺微小癌の話:六号通り診療所所長のブログ ...

これを見ると0~14歳の小児の甲状腺癌は、 被曝後10年くらいにピークがあり、 15~18歳時の甲状腺癌は、 被曝後15年にピークのあることが分かります。

つまり同じ甲状腺癌でも、
その発症の仕方には幾つかの違いがあるのです。

こうした経過は、
検診のバイアスにより生じたものとは、
説明し難いものだと僕は思います。

Posted by ritsuko at 15:48 | |

6 13, 2011

原発と地震―柏崎刈羽「震度7」の警告

原発と地震―柏崎刈羽「震度7」の警告 [単行本] 新潟日報社 特別取材班 (著)

原発事故の起きる日―緊急避難はできるだろうか [単行本] 山本 定明 (著), 淡川 典子 (著)

Posted by ritsuko at 23:15 | |

原子力神話からの解放

原子力神話からの解放―日本を滅ぼす九つの呪縛 (カッパ・ブックス) [新書] 高木 仁三郎 (著)

原発の矛盾について知りたいなら、とりあえずこの1冊かな。大きさも手頃で、移動中に読みやすい。

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ラジオで脱原発を決めたドイツの事情を聞いた。
放送後記 6月7日(火)「ドイツの原発政策」
Podcast iTuneアドレス

日本のこの行き詰まったエネルギー政策を変えるためには、現電力会社による市場独占をやめて、電力を自由化しなくてはならない。有効な手立てはもうわかってるんだ。送電分離、電力固定買い取り制度。数年前にもその試みはあったが、原発利権議員たちに法整備を妨害された。彼らだって、今のままではだめだってわかってるはずだ。ただ急な変化を望まず、もう少し時間をかけてとおもっているのかもしれない。そうこうしているうちに、抜き差しならぬ事態になった。非情さを持ってきっぱりやるしかない。わたしをふくめて、老人はもう贅沢しなくていいよ。それより、若い人たちにまともな世界を残したい。電力業界を自由化してくれるなら、どこの党だろうが、だれが総理だろうが、その真の目的が何だろうと、とにかく実行してくれる人を、わたしは支持する。本当に結果を出してくれる人を望む。

原発と日本の未来――原子力は温暖化対策の切り札か (岩波ブックレット) [単行本(ソフトカバー)] 吉岡 斉 (著)

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DIGでは「大震災からの命の守り方(2011年4月)」もオススメ。

Dig Choice「大震災からの命の守り方(2011年4月)」をポッドキャスティングで聴く

海の近くに住んでいる人はぜひ聞いてください。合い言葉は「てんでんこ」。

Posted by ritsuko at 23:13 | |

もんじゅ事故の行きつく先は?

高木仁三郎祭り。著者はすでに世を去ったけれど、いい仕事を残してくれてほんとうに感謝する。プルサーマル計画が非常に無理のあるものだというのはわかった。そのうえ、「もんじゅ」のような高速増殖炉は、軽水炉と比べて、さらに地震に弱い構造をもっている。運転温度が高温になることから、まっすぐの配管にできない。また熱変化の衝撃耐えるため、配管をとても薄くしてある。。。って地震が多い日本には向いてないじゃん!今回の事故でもネックは配管だった。一日に何度ニュースで配管が・・・って聞いたことか。

もんじゅ事故の行きつく先は? (岩波ブックレット (No.401)) [単行本] 高木 仁三郎 (著)

核燃料サイクル施設批判 (高木仁三郎著作集) [単行本] 高木 仁三郎 (著)

核燃料サイクル施設批判 (高木仁三郎著作集) [単行本] 高木 仁三郎 (著)

今、電源開発(現J Power)が、青森県大間に建設中のフルMOX燃料の原発が稼働し始めるとさらにやばくなるんじゃないだろうか?うむむむ。

Posted by ritsuko at 23:01 | |

6 11, 2011

人は放射線になぜ弱いか 第3版

人は放射線になぜ弱いか 第3版 (ブルーバックス) [新書] 近藤 宗平 (著)

胎内被曝(妊娠中に胎児が被曝)にはしきい値があり、原爆放射線の場合、20ラド(約200ミリシーベルト)以下なら無害。

「DNAに傷ができても、p53タンパク質分子が認識して、細胞の自爆スイッチを押してアポトーシス死に追い込む。こうして、胎児組織からは放射線の傷が完全に排除される」(p238)。

胎児の場合、あるレベルまでの放射線による損傷は、細胞が自分でリセットするので、障害児が生まれるのを恐れて中絶する必要はない、という話。

著者は「プルトニウムファイル」にも出てくる、あのオークリッジ国立研究所に留学していた。ああ、あそこか。。。

放射線と分子生物学の基礎を理解するにはいいかも。説明が丁寧で図が多くわかりやすい。

しかしどこか投げやりなところがある。

「チェルノブイリの汚染地区で奇形児の出産が多いのは、放射線の影響というよりは、アルコールによるもの。妊娠中のアルコール摂取による催奇性はよく知られている」

。。。え?それだけ?他のことは懇切丁寧に資料を示しているのに。

ベラルーシで子どもの甲状腺腫瘍が増えたのは、検診のしすぎ。「死体解剖をして甲状腺を調べると数個の腫瘍がみつかることがふつうであるといわれている、甲状腺腫瘍は悪性なものはまれである。したがって、がん検診が有害である場合の証拠がチェルノブイリ事故の調査の影の部分に存在すると思われる」(p248)

ええー???

本著には、文献や論文の引用はたくさんでてくるが、実際の患者に接した話は出てこない。自分でも、ずっと「象牙の塔」の中にいたと書いている。語り口調はやさしく思いやりにあふれているようだが、被曝した生身の人間を観察し、訴えに耳を貸した話は出てこない。

ホルミシス効果(ちょっとなら放射線を浴びてもかえって健康によい)はわからないでもない。体に少々のダメージを与えると、自然治癒力が反応して一時的に体調がよくなるという経験があるので。プロのスポーツ選手は、わざと負荷のかかるトレーニングをして、ダメージから回復するタイミングを試合の日に合わせることがある。わたしは久しぶりに山に登って全身が疲労した数日後40肩が治っていた。家人は初めてフルマラソンを走った翌日、長年の慢性の足の痛みが回復。風邪を引くと免疫が更新されて回復後はすっきりする。別に放射線によるダメージに限ったことではないと思う。そして大事なのは回復する期間があるということで、たとえば内部被曝によってずっとダメージ受けっぱなしではまずい。

この本が出版されたのは1998年。当時被曝といえば、原爆・核実験・チェルノブイリの爆発事故。放射線被曝=一時的に大量の外部被曝、という認識なんじゃないだろか。内部被曝については詳しく書かれていない。元々普通の人の体内にはカリウムがあるのに、少々放射性物質を摂取したからといって、気にすること無いのでは?ぐらい。イラクに行って白血病のこどもたちを見てほしい。

分子遺伝学について書かれていたけど、著者はネオダーウィニズム信奉者なのかな?生物は適応しながら選択的に進化する(負け犬は淘汰されて当然)という。池田清彦氏と対決させてみたい。

あと、最後に「21世紀の原子力エネルギー新政策と安全線量の自己管理」という節がある(p250)。これはまずい。せっかくここまでいい話に持ってきたのに、これですべてがオジャンだ。ああ、これが言いたかったのね。このために話を合わせたんでしょ、となる。そして、わたしはオークリッジだからな。。。と思ってしまう。

意図的にそうしたのではなく、時代の風潮がそうだったのだから、自然な流れかもしれない。科学といえどもそれを扱うヒトの意識、社会構造などの影響から完全にフリーになることはできない。

科学者の立場から社会的なメッセージを発するのはむずかしい。うまく説明できなくて唐突な印象を与えると、せっかくの研究全体が否定的に見られてしまう。その点、ゲイル博士の手練手管は上級。


この本はためになる。とてもわかった気にさせてくれる。ただ、他の本もセットで読んだほうがいい。
「内部被曝の脅威」肥田 舜太郎 (著)
「プルトニウムファイル」アイリーン ウェルサム (著) 渡辺 正 (翻訳)

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少々の放射線なら害はないので怖がる必要はない。というのは理解できる。問題は、少々とはどの程度か?今自分はどれぐらい被曝しているのか?わかりにくいことだ。高価で入手困難な機器がないとわからない。

BSEのように、感染しているかどうか確かめる手立てはなく、長い潜伏期間を経て発病したら秒読み開始、治療法はないという、ロシアンルーレットのような怖さがある。

食品添加物や放射性物質は、煙草やアルコールに比べて、自分が摂取した量がどれぐらいなのか個人で判断できないので、檻に閉じこめられたようなストレスを感じる。恐怖と言うよりは、自分で自分の身を守る自由を奪われた憎悪。下々の者よ、君たちの目に見えないけど怖れる必要はない、と放射性物質製造元(オークリッジ研究所)に言われると、かえって怒りが増幅する。そっちが作ってばらまいてんのに!

Posted by ritsuko at 03:13 | |

6 09, 2011

原発のゴミはどこにいくのか

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原発のゴミはどこにいくのか―最終処分場のゆくえ 西尾 漠 (編集)


どう見る、どう考える、放射性廃棄物 [単行本] 鳥井 弘之 (著)

どう見る、どう考える、放射性廃棄物 鳥井 弘之 (著)


放射性廃棄物はもうどうにもできない、これ以上核のゴミを出すともう無理ってかんじだ。

Posted by ritsuko at 05:29 | |

原子力事故と東海村の人々


原子力事故と東海村の人々―原子力施設の立地とまちづくり
(シリーズ臨界事故のムラから (1))
斉藤 充弘 (著)


恐怖の臨界事故 (岩波ブックレット (No.496)) [単行本] 原子力資料情報室 (編集) 臨界事故 隠されてきた深層―揺らぐ「国策」を問いなおす (岩波ブックレット) [単行本]

東海村に原子力施設ができるとき、土地利用の整備構想としては安全面から、施設の半径2km以内は緑地。6km以内は工場など居住地以外の施設。その外側に居住地。となっていた。しかし現実は、まず2km圏のすぐ外側に社宅や住宅ができ、年月が経つうちだんだん施設のすぐそばにまで住宅が建つようになってしまった。

JCOの臨界事故はなぜ起こったのか?くわしく調べられている。「プルトニウムファイル」にも、突然の臨界事故で作業員が被曝するシーンが書かれている。最初は決められたマニュアルどおりきっちり手順を踏んでいても、慣れとともにだんだんいい加減になっていく。どこの国のどの各研究施設も同様のようだ。とすれば、人とはそういうものだからという前提でいろいろやっとく必要が?で、わざとハード的にめんどくさくしておくと、ああもううるさいとかって、とっぱらわれて、なんでこんなことしたんだ?って後であきれられたり。。。

当時の作業員の被曝限度を見ると、きびしかったんだなーという感じ。タイムマシンで今こんなだよって見せたら、びっくりするだろうな。わたしたちもすでに慣れてしまっている?地震には完全に慣れてしまったね。。。

Posted by ritsuko at 04:54 | |

プルトニウムファイル

プルトニウムファイル〈上〉 [単行本] アイリーン ウェルサム (著), Eileen Welsome (原著), 渡辺 正 (翻訳) プルトニウムファイル〈下〉 [単行本] アイリーン ウェルサム (著), Eileen Welsome (原著), 渡辺 正 (翻訳)

はあ、長かった。量的にも重さ的にも。著者は空軍の廃棄物処分場の浄化について調べていた。そこで偶然プルトニウム人体実験の書類を目にする。人体実験について調べるとすでに報道はされていたが、被験者についてはコード番号しかわからない。どんな人たちだったのか?実験後どうなったのか?著者は一人ひとり探して遺族から話をきく。

被験者は、最初は末期症状の患者などだった、しかしだんだんエスカレートしていって、若い妊婦たち、4歳の幼児、問題のある子どもを収容している学校の生徒たち、健康な若い兵士たちが何も知らされずに犠牲になっていく。

もうこいつら(実験した科学者)どうしようもないのか?

巨額な研究費と、戦争をきっかけにした医学・科学の進歩が、人体実験やりたい放題のムードを医学のほぼ全分野に生んだ。(上巻p237 )
医師も学生も慈善病院の患者をつかって研究していました。当たらずといえども遠からずですが、私たち医学生も指導教授も、自分は患者と別の階級だと思っていました。(上巻p243 )

救いようがないなと思いながら読んでいると、政権が変わり急展開。1994年クリントン政権下にエネルギー省長官になったアフリカ系アメリカ人の女性ヘイゼル・オリアリーによって核実験が中止され、長年極秘に行われてきた放射能の人体実験は情報公開される。

ローレンス・リヴァモア研究所の前所長ジョン・ナッコルズは、その会議でオリアリーの司会ぶりに仰天したという。「核実験がなぜ必要かという議論になったとき、自分の祖母を説得できないからだと言ったよ。あれはどうやっても忘れない。いいかげんな頭でばあさんを説得するなんて話じゃなく、国家の安全がどうこうと言ってくれりゃ納得もしたのに、女史はあの問題を、技術なんかまるで知らない人間を説得できるかどうかで判断したんだ。真顔だったからたまげたね。」(下巻p254 )

彼女はゲイル博士の本を読んでいたんだろうか?「技術的なことに関して完全には理解できていないからといって、意見を述べることを畏れる必要はないから、自らの考えをしっかり持ち、発表してほしい」と読者へ願っていた。。。

某議員が彼女を「なまいき(uppity)だ」と言ったらしい。「それ知ってます?すごい南部方言。言ったのは議員様よ。自信家で、ものをあけすけに言い、誰にも頼らない、という意味ね。女のくせにそういう態度をとるのは身のほど知らずだってわけ。もっと腰を低くして穏やかないいかたをしろ、他人に頼れ、とね。まあたしかに私は、他人に許しを請うようなことはめったにしなかったから。」(下巻p255 )

同じ事を最近よく聞いた。たしか、菅直人に対する非難の言葉と一緒ですけど。。。

だがもっと大事なことがある。核実験や放射能漏れ、原発事故のたびに政府が出す「無害・安全」宣言はあやしい......と国民がうすうす感じていた、その予感が裏書きされたところである。(下巻p263 )

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物理の研究者は机の上の思考には秀でているが、実験など体を動かして何かを操作するのは苦手な人が多い。きちんと安全上の手順を踏むことも難しかった。研究施設は新設されてから時間が経つほどに汚染されていく。核施設はどんなに厳重に管理しても、年月とともに次第に放射能汚染されていくものらしい。

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このレポートの著者も、核実験を中止し人体実験の情報公開に踏み切ったのも、女性。

祖母は生前よく言っていた「一人ひとりはいい子でも、男の子だけでグループになると悪くなる」と。原発について家庭内で語るとけっこうけんかになったりするらしい。先日河野太郎国政報告会でも、奥さんにどうなってるの?と詰め寄られてけんかになることがあるって言ってた(笑)。

製薬会社による人体実験を暴く夫婦の話、ジョン・ル・カレの「ナイロビの蜂」に
「女たちがアフリカ唯一の希望なんだよ」「女は家庭をつくり上げ、男は戦争を生み出す。アフリカ全土が男女の戦いなんだよ」
という台詞が出てくる。

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「スゲエの見つけたんだぜ。これをそこらへん歩いてる奴らに当ててみようぜ。あいつらぜったい気がつかないし、弱そうなヤツだったらだいじょぶだって。」
「あんたたち、いいかげんにしなさいよ!家に帰って手を洗って、ごはんを食べて、寝なさいっ。」

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そうそう、肝心の実験結果なんだけど、放射線に対して弱い人も居るし、ずっと不調を訴えながらも長く生きながらえるひともいるし、かなり個人差があるんだな、という感想。

Posted by ritsuko at 02:29 | |

5 22, 2011

おしゃべりな貝―拾って学ぶ海辺の環境史

おしゃべりな貝―拾って学ぶ海辺の環境史 [単行本] 盛口 満 (著)

今日は読みたい本。好きな本を読めるのはうれしい。著者は子どもの頃、親に連れて行ってもらった海で貝殻を拾ったのがきっかけで、大人になってもそれが趣味に。潜って採った貝や、お金で買った貝には、よろこびを見いだせない。浜辺を歩いて偶然の発見があって一喜一憂。。。ってあたしと一緒やん〜♪

浜辺に落ちている貝殻は最近のもあれば、古代から残る化石状態のあるのですね。縄文時代(貝塚など)と、明治以後(モースの調査など)と、現代と、落ちてる貝がちがってきている。それは温暖期や氷河期やいろいろ環境が変わったため。日本と大陸が地続きだったころ、黄河の河口は済州島あたりだった。日本の干潟の貝の伝播ルート2つ。大陸→九州→本州。東南アジア→八重山諸島→沖縄→九州→本州。沖縄は両方のルートが入り混じっているため貝の多様性が高い。など。。。

中津干潟・水辺に遊ぶ会

先史時代の自然環境―縄文時代の自然史 (考古学シリーズ (21)) [単行本] 松島 義章 (著), 前田 保夫 (著)

Posted by ritsuko at 11:32 | |

5 19, 2011

原発事故はなぜくりかえすのか

原発事故はなぜくりかえすのか (岩波新書) [新書] 高木 仁三郎 (著)

高木仁三郎さんの遺作。本書は著者が病床にて残した録音テープを書き起こした物。やさしくお話をしてもらっている感じ。

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以下メモ

原子力は産業技術指導方ではなくて、むしろ国家主導型というか、政治主導型で始まっていった。

議論無し、批判無し、思想無し、の三ない主義。

アメリカの場合、原子力導入の過程で大きな議論になったのは、大事故の際、一企業が損害賠償をする範囲を遙かに超えるのでは?という問題で、電力会社の原子力への抵抗は強かった。

日本でも同じ問題を抱えていたが、きちんと議論されなかった。大事故の責任までとりきれるのかという議論を真剣にせずに、事故が起これば<国まかせ>ということで突き進んでしまった歴史がある。

原子力の社会史―その日本的展開 (朝日選書) [単行本] 吉岡 斉 (著)

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原発側の雑誌「原子力工業」に寄稿している研究員の論文はだいたい「我が国は」と始まっている。必要以上に国を背負っている。

個人の欠如=何回事故を起こしても個人個人の責任が自覚されない。モラルというものが確立する前提がない。

放射能をきちんと知らないで原子力を利用して生きていこうというのは無理。大事故が起きるか起こらないかはわからない(著者は2000年に死去。本書はその2ヶ月後に刊行)。我々はどんな核汚染にさらされるかもしれない。放射能とはどういうものか、どのように人体に影響を与えるのか、もっときちんと知らなくてはならない。賛成、反対以前に、ます正確に知らなくてはならない。推進派の原子力屋さんは、そもそも放射能を閉じ込めることができるという基本的立場に立っているから、非常に楽観的に考えている。

物理分野の研究者と、化学分野出身者では、物への接し方のセンスがまるで違う。物理出身は、机の上で緻密に計算できるが、予想外の現象を起こす物質というものの扱い方、接し方の土台がない。マニュアル通りでないとか、教育が足りないとか、モラルの問題ではなく、物を扱う経験の不足。

ーーー

島田雅彦と高橋源一郎の対談をテレビで見て、小説家にとっての「パブリック」な立場について考える。私小説だけでもよくないし、社会派だけでもよくない。これは小説家だけでなく、自分たちのことでもあると、瞬間的に思った。パブリックな意識のなさというのは、いま我われ日本人の中に蔓延している。

技術の場合にも同じ事がいえる。自分の仕事にパブリックな意味があると自覚しているか?自分のやっていることの公的な性格や普遍的な意味、地球の未来に自分がどうつながっているかというようなことが見えなくなってきてしまっている。

仏師の公共性

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自己検証のなさ

寄せ集め技術の危険性。日本では大きなプロジェクトは各社に少しずつ仕事が回るように
国策的に割り振られることが多い。そのようなプロジェクトは多くの場合、思わぬ欠陥が露呈したり、1社でやるよりコストが割高になりがち。失敗した国家プロジェクトの例:H-2ロケット、原子力船むつ、高速増殖炉もんじゅ、再処理工場開発、六ヶ所村ウラン濃縮工場、新型転換炉ふげん、すべて多企業寄せ集め型プロジェクト。

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隠蔽から改竄へ

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技術者像の変貌

もともと西洋的な工学技術が日本に受け入れられる段階で、受け手の側は技術という物の持つ本来の公的な性格を見失っていた。他方で、日本古来の職人的な技術が持っていた公的なものがあったはずだが、そういうものを受け継ぐようなところもなかった。

新しい時代の技術者の倫理綱領が必要。アカウンタビリティーや責任と言うことと、ITの関係。インターネットで流れるような情報にもきちんとしたアカウンタビリティーが確立され、その背景にはそれに責任を持つ個人というものの存在がはっきりとしないといけない。

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技術の向かうべき所

技術の極地はパッシビズム。人為的介入が無くても、事故がおさまるようなシステム。流水や太陽熱など自然な法則にしたがい循環の中でエネルギーを賄えるシステムが、安全への懸念を解消する。

人間が自然の法則に逆らって自然界を制御するという考え方、システムのあり方は、これからは古くなってくるかもしれない。

ーーー


最終章を読むのに2日かかってしまった。この本が刊行されたのは2000年。JCOの臨界事故後。大事故が実際に起こってしまった今、原発推進派vs反対派の図を冷ややかに見るだけだった我われの意識も変わったし、技術者のみなさん、特に当時原発の開発に携わった方たちには大きな衝撃だったと思う。

福島原発暴発阻止行動プロジェクト | Skilled Veterans Corps at the Fukushima-Daiichi Nuclear Power

原発「決死隊」126人が志願 ボランティアの退役技術者たち(J-CASTニュース) - livedoor ニュース


Peace Philosophy Centre: 福島原発事故についての緊急建言

Posted by ritsuko at 00:53 | |

5 17, 2011

チェルノブイリから何を学んだか

チェルノブイリから何を学んだか
佐藤 幸男,和田 あき子
岩波ブックレットNo.395

全編対談で、おだやかな口語です。チェルノブイリ事故後、ソ連の政府を通さず、市民対市民の勝手な国際援助活動が多数発生した。日本国内だけで約100団体。それぞれ勝手に援助先を見つけて、または縁あって、なんとなく頼まれるままに医療品を運ぶうちにやみつきに。。。という表現。わかるその気持ち。

しかし今度はこちらが大変だ。福島のこどもたちはどうなるんだろう。


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YouTube - プロジェクトX 挑戦者たち チェルノブイリの傷 奇跡のメス

Posted by ritsuko at 03:12 | |

知られざる原発被爆労働

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知られざる原発被曝労働 ---- ある青年の死を追って ----
藤田 祐幸 岩波ブックレットNo.390

フクシマと同じ沸騰水型原子炉の浜岡で働いていた青年。
原子炉は古くなるほど汚染されていく、技術者の被曝量も増える。
放射線医学の大家が、原発労働者の健康よりも会社の利益を優先に考えている場合がある。原発被曝は80年代に減少。企業努力により定検作業の一部が自動化されたため。
しかし90年代からまた増加傾向。原子炉の老朽化により長期点検、部品交換、事故対応など大がかりな作業が増えたため。
電力会社社員の被曝は全体の5%。95%は下請け労働者。

下請けに3種類。
1.制御系・保安系。データの計測、装置の維持管理。年間を通して勤務。最も技術力が要求され、被曝リスクも高い。
2.メーカーの部品の保守管理。原子炉系とタービン系。バルブ、ポンプなどの溶接配管なども。定期点検時のみの派遣。短期間の被曝
3.放射能を除染する清掃労働。農村・漁村からの出稼ぎ、都市の失業者など。定期点検時のみ。

上の関町祝島の元原発労働者への取材。祝島には各地の原発に出稼ぎに行っていた人たちが数十名いる。祝島で原発反対運動が高まったのは、その人たちが原発の現実を村民に伝えたため。原発労働体験者は今も皆体調に悩みをもっている。

原発被曝労働者30万人。原爆の被爆者手帳保持者30万人(1995年)。国内に同じ規模の2つの被爆者の集団。しかし国から受けることのできる権利は雲泥の差。

一般人の許容量1ミリシーベルト/年
 原発労災認定5ミリシーベルト/年

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35年間で10人労災認定 原発労働者のがん - 47NEWS(よんななニュース)

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追記2011.11.25岩波書店のサイトによると復刊されたそうです。

3.11以後,福島の原発については,日々報道されています.その現場で,きびしい状況のなかで働いている人が,たくさんいらっしゃることも,報道されています.そして被曝もされていることも,またしばしば報道されています.  この本は,1996年に刊行されたものですが,ぜひ読みたいという声が寄せられ,今回,復刊いたしました.  副題にもあるように,ここには,原発労働者として働いていた青年が亡くなったことについての,労災認定をめぐっての軌跡が書かれています.同時に,ほとんど知られていなかった原発労働の実態も描かれています.  長いときを経て,いま,この本が必要とされる時代がきたことを,複雑な思いで受け止めながらも,多くの方に読んでいただければと思います.  なお,この本は,電子書籍にもなります.各電子書店サイトからお買い求めいただくことができます.

(2011.8)

Posted by ritsuko at 02:01 | |

市民の科学をめざして

市民の科学をめざして (朝日選書) [単行本] 高木 仁三郎 (著)

このたびのフクシマ後、twitter上でいろいろな意見が交わされている。
「理屈はわかんないけど怖いのはいやだからとにかく全部すぐやめて」
「みんな騒ぎすぎだよく考えろ」
「自分の家族は避難させておきながら」
「科学という物を知らないバカめが」
「知ったかぶりはヤメテ!」
「オレはわかってる」
あーもういやんなる。

科学技術が専門的になりすぎて、人間サイズの感覚と合わなくなってるのね。著者は最先端の科学に、生活者としての視点がないことに危機感を抱き、そこをなんとかせねばと思っていた。

科学技術はどんどん巨大化し、強力化し、精巧化する。しかし、時に思わぬもろさが露呈する。犠牲になるのは無力な市民や野生の生き物たちだ。巨大な科学技術の開発に振り向けられた頭脳や経費のおそらく一万分の一も、そのネガティブは影響を評価したり防いだりすることのために向けられていない...(p6)
私は、立ちつくす市民(以下、住民、生活者、民衆、公衆などの概念を含むものとして市民という言葉を使う)途中略 や他の生き物たちの立場に立ってものを考えるという視点が、現代科学技術の開発の現場にはまったく欠落していることに根本の問題があると考える。(p6)

今ほどこの言葉に深くうなずく時はないだろうと思う。

巻末に、新しいタイプの科学者を育てるプロジェクトの紹介がある。市民運動を支えられるオルタナティブな科学者、NGOの養成。一般人向けの科学の批判・解説を刊行する。など。

以前読んだ、「フリーマン・ダイソン科学の未来を語る」への答えの一つでもあるかなあ。
r2: フリーマン・ダイソン科学の未来を語る

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原子力資料情報室(CNIC) - Citizens' Nuclear Information Center

イベント情報 : 大間原発反対現地集会 [2011/5/22]

この温排水が環境に与える影響の実験は、電源開発茅ヶ崎研究所の水理部で行われた。こういう実験を、開発当事者がやったって、どういう結果を出さなきゃならないかはわかってることだ。完全な第三者機関が早く必要ですね。

Posted by ritsuko at 00:38 | |

5 16, 2011

われらチェルノブイリの虜囚

われらチェルノブイリの虜囚―ドキュメント・日本原発列島を抉る (三一新書 984) [新書] 高木 仁三郎 (著)

高木 仁三郎氏の本を集中して読む予定。ここに書かれていることは、衝撃の事実!いや日本の原発開発を巡る生々しい現実というべきかもしれないが、読んでもそれほど驚いてないんだな。原発について、みんなだまされてたって言う。けどほんとは知ってた。少なくともわたしは。本当は知ってたんだ。

Posted by ritsuko at 23:55 | |

5 12, 2011

核爆発災害―そのとき何が起こるのか

核爆発災害―そのとき何が起こるのか (中公新書) [新書] 高田 純 (著)

本書の内容とは関係ないが、新疆ウイグル自治区で、若い女性だけが何万人も強制移住させられているとi-morleyできいたけど、あれは民族的なジェノサイドじゃなくて、核実験によるものだったのか?とふと思った。その事実があるのかどうかも知らないが。

Posted by ritsuko at 22:39 | |

ひとり起つ―私の会った反骨の人

ひとり起つ―私の会った反骨の人 [単行本] 鎌田 慧 (著)

高木仁三郎という人はどんな人なんだろうかと手に取った本。「あんぱんまん」の作者、やなせたかし氏の項がよかったな。あとがきに、青森県の六ヶ所村や大間(おおま)で、土地の買収に応じずただ1軒残って抵抗した人たちのことが書かれている。(大間はマグロの漁場として有名)

彼女が土地を売らなかったのは、津軽海峡に面している「絶好の漁場を守ることだ」とわたしに語った。  男たちが、ものわかりのいいフリして、屈服していったのを尻目に、夫に先立たれていた熊谷さんが最期まで抵抗し、人生をまっとうしたのは、特筆に値する。

これを読んで、20年来中国電力に抵抗している祝島の女性たちを思い出した。

Posted by ritsuko at 11:48 | |

5 10, 2011

内部被曝の脅威

内部被曝の脅威 ちくま新書(541) [新書] 肥田 舜太郎 (著), 鎌仲 ひとみ (著)

鎌仲ひとみ監督の「ヒバクシャ」という映画をWOWOWで偶然見たわたしは、そのドキュメンタリー手法のファンになった。映画にも出演していた肥田舜太郎先生の著書。巻末に鎌仲監督との対談がある。


以下メモ

原爆はこうして開発された」(山崎正勝編著 日野川静枝編著)
原爆犯罪-被爆者はなぜ放置されたか-」(椎名麻紗枝)
・原爆ぶらぶら病
死にすぎた赤ん坊―低レベル放射線の恐怖」(E.J.スターングラス)
・ベトカウ効果
・ホルミシス説(近藤宗平)
・フリーラジカル(近藤元治)
・バイスタンダード効果
・カクテル効果(市川定夫博士)
低線量内部被曝の脅威―原子炉周辺の健康破壊と疫学的立証の記録」J・M・グールド
・ケイシー・ルード(ハンフォードエリア監督官、スペースシャトルの事故により内部告発を決意)
プルトニウムファイル」(アイリーン・ウェルサム)


著者はヒロシマで自らも被曝し、直後から治療にあたった医師。ゲイル博士のように事故後しばらくして現地に入り少数の重症患者に技術的に高い医療を施して帰ってしまった人ではなくて、市井の被爆者を長期間にわたり診てきた人。

ヒロシマ後、アメリカの調査機関がやってきて、人体への影響を調べた(治療はせずに)。被曝の症例は口止めされ封印された。貴重な実験結果を東側に知られないため。被爆者は、自分の被曝と体調の不良に関係があると思っていても、表向き言うことができない場合があった。

肥田医師は多くの症例を見るうちに、低線量の被曝が健康に関連していると思わざるを得なくなってきた。そして調べるうちに、核兵器による物ではない被爆者が世界中にたくさんいることがわかってきた。。。

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体内に入った低線量放射線は酸素分子を、活性酸素に変える(フリーラジカル化)。フリーラジカルは数が少ないほど細胞に損傷を与える。数が多いとお互いぶつかりあって元の酸素分子に戻って非活性化する。

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アメリカ政府は内部被曝の存在を認めていない。しかし原爆開発の初期からプルトニウムを経口や注射で人体に入れる実験をしているのでわかっているはず。ゲイル博士も著書で「われわれは(博士とソ連の医師たち)内部からの被曝が存在すると考えざるを得なくなった」と数行だけだが書いている。

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ブックマークに「人体実験」というフォルダができてしまった。。。今回のような原発の事故は、症例集めの絶好の機会でもあるのだな。どんな医療もそのような側面があるとは思うけど。

事故から時間が経って次第に、そもそも原発の問題とは、エネルギー問題なのだろうか?という気がしてきた。ゲイル博士が著書に書いていたように「核廃棄物の問題が解決するまで、原発を新設するべきでない」と切に願う。すべては出ちゃった核のゴミをどうするか?ということに起因するのでは?大体、核の抑止力とかいってさんざん怖がらせといて、同じ物を役に立ちますよ安全ですよったって、無理だって!!同じものなんだから。

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「内部被曝」について

Peace Philosophy Centre: 必読:内部被ばくについて
Peace Philosophy Centre: 沢田昭二『放射線による内部被曝』-福島原発事故に関連して-

原子力資料情報室(CNIC) - 連載・低線量放射線の影響をめぐって(その1) - 被曝・放射線 - 資料室
原子力資料情報室(CNIC) - 連載・低線量放射線の影響をめぐって(その2) - 被曝・放射線 - 資料室
原子力資料情報室(CNIC) - 連載・低線量放射線の影響をめぐって(その3) - 被曝・放射線 - 資料室

Posted by ritsuko at 23:47 | |

4 21, 2011

チェルノブイリーアメリカ人医師の体験ー

チェルノブイリ―アメリカ人医師の体験〈上〉 (岩波新書) [新書]
チェルノブイリ―アメリカ人医師の体験〈下〉 (岩波新書) [新書]
ロバート・ピーター ゲイル (著), T. ハウザー (著), 吉本 晋一郎 (翻訳)

政府が定めた規制値ってどうなの?甘いの?きびしすぎるの?いろんな学者がいろんなことを言う。チェルノブイリで治療活動をした経験がある人同士でも、見解が違う。R.P.ゲイル博士は楽観的な方。この人はどういう人なのか、チェルノブイリでどんな治療にあたったのか?1988年刊の著書を読んでみた。

残念ながら医療関連の具体的な記述は少ない。事故処理に当たった消防士など重篤な患者19名にのみ骨髄移植を施したが、生存したのは2名。事故の2年後に書かれた本書は、当然ながら10年後20年後の、後遺症に関しても書かれていない。

だが下巻のp144に

ソ連側から提出された最も確実とみられる推定によると、チェルノブイリ事故の結果、これから50年間に世界全体で5万人もの人々がガンで死亡するものと思われている。その他の可能性として考えられることは出生欠損や遺伝的異常が考えられることだ。問題はこうした悲劇のほとんどすべては、統計的に予想できないことだ。

西半球だけでも、これから50年間に6億人がガンで死亡してゆき、遺伝子異常の症例が1億に達するであろう。


とある。

ーーーーー

骨髄移植の世界的権威であり、アメリカ人である博士は、チェルノブイリに自分から医療援助に行こうと決心した。当時はまだ冷戦下。このプロジェクトを事実上可能にしてくれた知り合いの事情通の富豪は「博士がまずソ連側から信頼されることが最重要」「しばらくは報道陣に話さないこと」とアドバイスする。

博士がソ連政府や現場のロシア人医療スタッフに受け入れてもらえるよう、苦心惨憺する様子が書かれている。それは博士が批判したり糾弾したりするためにやって来たのではなく、純粋に援助したいだけなんだとわかってもらうため。

当時の博士の言動を読むと、いい人なんだなという感想。それを念頭において彼のフクシマに関するインタビューを読むと、部外者である自分が、事故処理にあたっている日本サイドに失礼な言い方をしないよう、無用に批判をして相手の心を閉ざさないよう、細心の注意を払っているという気がする。

相手が外国語を話す人の場合、また論文でなくインタビューの場合、本人の考えが100%伝わっているかどうかは疑わしい。インタビュアーの署名入り記事かどうか、掲載誌がどのような読者層に向けて出版されている物か、そういうことも判断基準に入れておいた方がいいな。

たとえば、数字的には全く同じ事を言っていても、相手が生身の人間であるからして無用に怖がらせないようにと心配ない風に表現する人、情報を正確に伝えなくてはという使命感からきびしく聞こえるように言ってしまう人、いろいろあるかもしれない。

で、だいじょぶなんですか?という大雑把な問い方だと、まあだいたいだいじょぶ、ぐらいしか答えられないかもしれない。この値だとこれから何年の間に何人ぐらいの被害が出ると考えられますか?その何人かに自分がならないためにはどうすればいいですか?と、専門家には具体的な数字を出してもらう、それを元に判断は各自行うのがいいと思う。

ーーーーー

著書の最初30ページほどに、アメリカの原発開発のいきさつ、原発のしくみの解説があり、簡潔でわかりやすい。

事の始めは、ナチスに対抗してウラン原子の核分裂エネルギーの開発を急ぐよう、アインシュタインがルーズベルト大統領に書簡を送ったことからで、それがマンハッタン計画、ヒロシマ、ナガサキ、そしてチェルノブイリへとつながっていく。

下巻において、ゲイル博士は熱心なユダヤ教徒ではないが、自分のルーツが(アインシュタインと同じく)ロシア系ユダヤ人だということにページを割いている。わたしが日本人で日本を愛するが故に、イラクやアフガニスタンに負い目を感じることと共通の何かを感じる。

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そしてGE社製の初期の原発の安全性と問題点。最悪のケースはこうなるという。。。今その通りになりつつあるんですけど。。。

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巻末で、博士は原発の是非に関して、「現在の原子力エネルギーの危機に対処するため、採りうるいくつかの処置がある」という言い方で、きびしい提言をしている。

(1)「大したことない」と言われる故障や安全装置の不調について業界内で十分情報交換をすること。

(2)もしも原発が技術的に完璧だとしても、運用するのは感情や体調に左右される生身の人間であるということを踏まえて、要員の選抜・訓練を改善すること。

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(7)核廃棄物の問題が解決されるまで新たに原発を作るべきでないこと。

(8)太陽エネルギーの開発。

そして、著者からの読者への心からのお願いとして、「技術的なことに関して完全には理解できていないからといって、意見を述べることを畏れる必要はないから、自らの考えをしっかり持ち、発表してほしい」とある。

党の政策や一時的感情によってでなく、知識に基づいて投票することが、民主主義の国の国民の責任である。と。

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あと、tips。ヨウ素は半減期が短いので、葉物野菜は冷凍保存、ミルクはチーズやバターにしておけば、無駄にしなくてすむとも。

Posted by ritsuko at 01:05 | |

4 16, 2011

アライバル

3 24, 2011

藁塚放浪記

藁塚放浪記 [単行本] 藤田 洋三

NHKの週刊ブックレビューで、イタリアのスローフード運動を日本に紹介した島村菜津さんがお薦めしていた本。なんか大分県の取材が多いなあと思ったら、著者は大分出身。そして国東半島の姫島と、山口県の祝島が地理的にも文化的にも非常に近いことを知る。

息抜きのつもりで読んだのに、祝島はずっと気にかけている場所。毎日、中国電力vs原発建設反対運動の動静を息をのんで見守っている場所であります。こんな大事故が起こってしまって、もう原発推進はないだろうと思っていたら、政府と電力各社はまだまだやる気のようですね。。。

国東半島の付け根には宇佐神宮があり、宇佐から奈良への海上の道の要衝が祝島なのですね。その道は遠く朝鮮半島へもつながっていて、藁積みや、農作業の小屋や、漆喰の塀などの作り方に共通点があるそう。農業、土木の技術を伝えた渡来人の道でもあるのでしょう。

山口県上の関町〜祝島〜姫島〜大分県国東半島〜宇佐神宮と船の旅をしてみたいなあ。

Posted by ritsuko at 01:46 | |

2 25, 2011

丹沢の行者道を歩く

丹沢の行者道を歩く [単行本] 城川 隆生 (著)

はーおもしろかった。昭文社の「山と高原地図 丹沢」とGoogleMapsを手元に、山伏になったつもりで、エア丹沢の山中をうろうろ。今は廃道になっている修験道を等高線を見ながら探索。修験道は基本尾根道だそう。カシミールによる俯瞰図などあって、地図マニアにはうれしい。

著者は地元秦野出身の元高校教諭。行者のルーツとか、丹沢の山を胎蔵界と金剛界の曼荼羅に見立ててあるとか、修行の行程など興味深い。行者たちによる一山支配は北条氏の支配下までは栄えたが、江戸幕府の直轄地になると、山伏たちは山を降りはじめ、まあ落語にもある大山詣りのガイドなんかしつつ、そして明治時代に廃仏毀釈令で完全に葬られた。

江戸時代に大山が女人禁制になったのも(しかも夜だけ)妻帯する山伏たちを追い出すため。昼間来ても良いけど、住んじゃダメってことらしい。知らなかったな〜。

山に対する信仰は弥生時代以前にはなかったそう。稲作に何よりも大切な水をもたらしてくれる地として、山は崇められてきたのね。雨を降らせ、沢に集め、川筋になって平野に水をもたらしてくれる山。この本を読んでから、丹沢についての印象が変わった。山々の名前や位置関係も自然とおぼえたし。。。

地図にない窪地、行者のキャンプ地「すりばち広場」に行ってみたいな。

Posted by ritsuko at 22:52 | |

2 18, 2011

ロジスティクス―戦史に学ぶ物流戦略

ロジスティクス―戦史に学ぶ物流戦略 [単行本] 谷光 太郎 (著)

物資の流通を見れば、相手の本当の意図が見える。戦術を立てるには物流の調査が必須。

また戦術を立てる士官が物流を理解しているとは限らず、同一の指揮系統だと物流的に無理でもゴリ押しされて結果作戦が破綻することがある(グルーポンのおせち事件)。

日露戦争までは、作戦部門と物流部門は独立していて、物流担当が作戦担当に「それ無理」とダメ出しをすることができた。

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日露戦争で出動した陸軍

総員   1,100,000
戦死者  0,047,000
傷病者  0,352,700
脚気患者 0,211,600
脚気死者 0,027,800

戦死者数の半数以上が、脚気による病死だった。

海軍では脚気の原因が白米に偏った食事内容にあると判断し(兵卒一人が消費する白米は1日6合!)、脚気患者を激減させた。海軍の軍医はイギリス留学組で経験主義、理論の裏付けが無くとも結果が出ればOKだった。

対し、陸軍の軍医はドイツ留学組(東大学閥)、自分たちが学んだ医学が世界最高と信じていたために、海軍の対処法を医学の裏付けがないと批判、結果無駄に死者を増やしてしまった。(のちにビタミンというものが発見されるが、そのとき森鴎外はすでに他界していた。)

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今日、農水省が今期の南氷洋の調査捕鯨を中止すると発表した。シーシェパードの妨害によるものと発表されたが、鯨の捕獲量、在庫量と消費量などの数字を見れば、また違うストーリーが浮かび上がってくるらしい。

Togetter - 「帰港した調査捕鯨船日新丸船団の捕獲数を分析する」

Togetter - 「佐久間淳子(フリージャーナリスト)が調査捕鯨をめぐる日本の対応方針を予測(最新鯨肉在庫量の紹介含む)」

この佐久間さんのツイートをまとめたのが

調査捕鯨船団、早期帰港の本当の理由 | 国際環境NGOグリーンピース

ってかんじだ。

シーシェパードの船長、取材されていたけど、浮かない顔だったなあ。相手がいなくなると興業ができなくなるもんね。

Posted by ritsuko at 12:25 | |

2 08, 2011

古代ローマ人の24時間

古代ローマ人の24時間---よみがえる帝都ローマの民衆生活 [単行本] アルベルト・アンジェラ (著), 関口 英子 (翻訳)

Posted by ritsuko at 23:02 | |

いちばんここに似合う人

いちばんここに似合う人 (新潮クレスト・ブックス) [単行本] ミランダ・ジュライ (著), 岸本佐知子 (翻訳)

うーむ、この人はあまり好きになれない。

Posted by ritsuko at 22:55 | |

1 07, 2011

身近な草木の実とタネハンドブック

身近な草木の実とタネハンドブック [単行本] 多田 多恵子 (著)

年末に漂着物学会のメーリングリストで話題になっていた本。海岸の漂着物には実とタネも多いのですね。そして鳥見にとっては、野鳥のグルメ本。どこにいつどんな実がなるか、食べログ野鳥版を作っておけば、だいたい集まる鳥も予想がつくというもの。

先日髙麗山に行ったときも、鳥が集まっていたのは、沢沿いの水場と、実のなる樹。人間と一緒やな。なぜか盛り場は川沿い、食べ物屋が集まるところに人も集まる。

散布方法別に載っています。風散布、おとなしく雨を待つ水散布、精密機械仕掛けの自動散布、そして狡猾な動物散布。この項がおもしろい。特に目立ってきれいな赤い実のみなさん。パッと見はおいしそう、けど食べると渋い。ペッペッこんなの食えるかー!と飛び立つ鳥。そこまでが計算ずくらしいのです。一度にたくさん食べられて、その場でフンにまざって落ちてしまっては困る(野鳥の消化時間は短い)。ちょっと食べて、遠くに飛んでいって落としてくれなければ。。。いろいろ苦労があるんだなっていうか、すごいな、植物といえども客あたりの単価や、店の回転率を考えているわけです。

あと、実の大きさによって来る鳥が限られる。ムラサキシキブなどの小さい実ならメジロとかかわいい鳥が来てくれる。大きい実しかならない樹にはうるさいヒヨドリばっかりなんてことになる。

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大山で見たあのマムシグサもありました。見た目が毒々しくて好きになれないマムシグサも、実を付けるのに、根に貯めた数年分の養分を使ってしまう、ときくとなんか「あなたも大変なのね」という気持ちになります。

大山と言えば、先日の浜口哲一さんのシンポジウムで、神奈川県植物誌調査会の佐藤恭子さんが「花ごよみ調査」について講演されました。「花ごよみとは四季を通じて同じ場所で観察を重ね、植物の開花状況を記録したもののこと」だそうです。その具体的な記録としては平塚博物館発行の「湘南花の道」という冊子があります(きれいなおねえさんがいる博物館の受付で買えます)。

佐藤さんはあるとき「月に1回、大山〜不動尻を歩きながら、標高差による植物の開花時期の違いを調べ、それを1年間続けてはどうか」と思い立ち、浜口さんに相談されたそうです。すると浜口さんは、「それはね、わたしも考えてやってみたことがあるんだよ」と引き出しから記録を取りだして見せてくれた。それは下社〜見晴台〜大山山頂〜蓑毛のコースで月3回1年間の記録だった。という逸話を紹介されていました。

Posted by ritsuko at 18:28 | |

12 24, 2010

相模川河口の自然を守る会 活動20周年記念誌

相模川河口の自然を守る会 活動20周年記念誌

 図書館にてふと手に取った冊子。かつて相模川河口は渡り鳥の一大中継地点だったそう。自然探偵と消えた干潟(平塚市博物館のページ)わたしたちが行徳から越してきたとき、すでにもうその面影はなかった。神奈川の海って鳥いないなあという印象だった。

 これは相模川河口の干潟の保護に取り組んだ活動の記録。どのような活動が行政を動かすのに効果を上げるか、多くの市民に知ってもらうには、など、参考になることが。下水処理水の排水口を河口の外側に変更してもらうなど成果も上げるが、結局、上流にダムなどができた影響で流砂が減り、砂州そのものが海側からの波の浸食に負けて、地形が変化してしまった。

 読んでいくと、ここまでやったのか!それなのに。。。と悲しい気持ちにもなるが、今後の自然保護活動の貴重な参考になるのではと思う。藤沢の辻堂市民図書館に1冊。茅ヶ崎図書館に1冊ある。平塚図書館にはなし。相模川河口は平塚市なので、平塚の地方資料なのだけど。

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 浜口さんのシンポジウムで、学芸大学の小川潔さんという人が寄せられた「浜口哲一さんと同時代に生きて」という追悼文に、浜口さんが学生時代、新浜保護運動のメンバーだったとありました。

 一面の干潟&葦原として「あおべか物語」にも出てくる浦安〜行徳一体は、わたしが住んでいた1980年代はすでに埋め立てられていました。ある日、行徳野鳥観察舎の蓮尾純子さんが書かれた本を読んで、1960年代に新浜一帯の保護運動があったこと、あっけなく敗退したことを知った。それでも蓮尾さんは静かに活動を続けられ、野鳥観察舎が残った。浜口さんは平塚博物館に勤務しながら、たくさんの自然保護活動家に影響を与え、アマチュアの自然愛好家を育てた。

 小川さんの文には「保護運動はたかだか2年で負け戦のまま終息してしまいましたが、私たちが一生、自然保護を背負って生きていくことを決定づけたのです」とありました。19~20歳の多感な時期に出会い、成果は出なかったけれど、その後の生き方を変えた、干潟の保護運動。浜口さんは、どんな思いで相模川の河口の保護に取り組んでいたのでしょうか。

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 「相模川河口の保護運動を振り返って」という浜口さんの文を読むと、中西準子さんの名前が出てきます。自然保護・環境問題について考えると必ず、海(漁業)ー河口(護岸)ー中流(下水)ー上流(ダム)という水のつながりと人の営みの問題が出てきて、中西さんの名前が出てくる。

 浜口さんの著書によく出てくる、自然はみんなつながっているという言葉。それはいくら河口の自然を保全しようとしても、上流の土木工事、建造物によって大きく影響を受ける、それらの前では無力に等しい、ということと無関係ではないのではとも思います。

 とはいえ、浜口さんはこのことに関して、「河口の自然の保全のみに力を注ぎ、下水の問題までは目を向けなかった。その方向から働きかけるやり方もあったかもしれないが、結局上段からかまえて大事にしなくてかえってよかった」という風に振り返って感想を述べられています。また、市民運動にして大騒ぎにするよりも、行政の担当者個人と直接会って話した方がうまくいく場合もある、とも。

Posted by ritsuko at 22:59 | |

11 10, 2010

浜口哲一さんメモリアル

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前職の平塚博物館にて、編集にかかわられた小冊子を購入。

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今月27日に野鳥の会神奈川主催で、追悼する講演会があります。
シンポジウム「生きもの地図を未来へ~浜口哲一さんの足跡と、これからの道」

Posted by ritsuko at 16:31 | |

10 09, 2010

四万十日用百貨店

四万十日用百貨店 [単行本]<br />
迫田 司 (著)

羽鳥書店のblogを見て読んだのを思い出した。

Posted by ritsuko at 11:04 | |

10 02, 2010

エデン

エデン [単行本]<br />
近藤 史恵 (著)

サクリファイス」の続編。またまた前回に増して浪花節全開。人生模様だニャ。

Posted by ritsuko at 01:27 | |

10 01, 2010

アメリカン・チョイス

アメリカン・チョイス [単行本]<br />
新元 良一 (著)

ファイアーキング・カフェ [単行本]<br />
いしかわ じゅん (著)

Posted by ritsuko at 14:18 | |

9 24, 2010

日本辺境論

日本辺境論 (新潮新書) [新書] 内田 樹 (著)

「よく言ってくれた」と思う。加藤陽子「それでも日本人は戦争を選んだ」に出てくる水野廣徳の「日本は戦争をする資格の無い国」説と同じくらい、真実だとおもうな。

私は司馬遼太郎が好きで「街道をゆく」シリーズやエッセイ集はほとんど読んでいる。その司馬遼太郎が「坂の上の雲」で、日露戦争の頃の日本が絶頂期と書いているというくだりが出てくるが、果たしてそうかなと思う。確かに国としてはあのロシアを負かしてすごかったかもしれない。けど一般の人たちは本当に幸せだったんだろうか?司馬さんが今生きていたらどうだろう?

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とここまで書いて、ハワード・ジンの「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」を読み始める。TUP-Bulletinで岸本和世さんの「君はハワード・ジンを知っているか?」を読んで、一読しておこうと思って。

「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」は「民衆のアメリカ史」を子ども向けに書き直したもので、字が大きくわかりやすい内容になっている。たしかにリベラルサイドから見たアメリカ史は、こうやって体系化されたものを読んだことがなかったので興味深い。が、子ども向けだからすぐ読めるだろうと思っていたら、これがなかなか退屈で。。。

歴史教科書だから眠くなるのか?歴史じゃなしに、個人の物語として描かれたものならたくさんあるよな、アリス・ウォーカーの「カラー・パープル」とか。。。と思ったら、アリス・ウォーカーはハワード・ジンの教え子だった!

学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史〈上〉1492~1901年 [単行本]<br />
ハワード ジン (著), レベッカ ステフォフ (著), Howard Zinn (原著), Rebecca Stefoff (原著), 鳥見 真生 (翻訳)

学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史〈下〉1901~2006年 [単行本]<br />
ハワード ジン (著), レベッカ ステフォフ (著), Howard Zinn (原著), Rebecca Stefoff (原著), 鳥見 真生 (翻訳)

カラーパープル (集英社文庫) [文庫] アリス ウォーカー (著), 柳沢 由実子 (著)

wikiによると「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」にも出てくる、ペンタゴン・ペーパーを受け取った識者とは、この本の著者ハワード・ジン本人だったとも。昔は急進派でとんがっていたのかもしれないが、今はおじいちゃんになっている(2010年1月87歳で逝去)この人のお話をYouTubeで見ると、懐かしい感じがする。君たちは何よりもかけがえのない存在だと教えてくれた人が、いつも口にしていた言葉を思い出す。

内田樹の「9条どうでしょう」だったか「疲れすぎて眠れぬ夜のために」だったかにあった言葉。憲法9条を守りたいという気持ちはどこから湧いてくるのか?それは理屈ではなくて、大切な人にそう教えられたから。懐かしくその思い出を大事に思う気持ちゆえだと。それを読んだとたんわたしの目から涙があふれ出た。その涙におどろいて、そうだったのか。。。と思ったのだった。

冬の犬」にも書いたが、大切な人には、大切なもの。その人を守ってくれる大事なことを慎重に選んで残さなければならないとおもう。

Posted by ritsuko at 23:55 | |

8 25, 2010

BORN TO RUN

BORN TO RUN 走るために生まれた~ウルトラランナーVS人類最強の
BORN TO RUN 走るために生まれた~
ウルトラランナーVS人類最強の"走る民族"
クリストファー・マクドゥーガル (著)
近藤 隆文 (翻訳)

はーっ!おもしろかった。前半はちょっとつらかったけど、ページが残り少なくなってくるにつれ、勾配が急になり山頂ゴールってかんじだ。

タラフマラ族という言葉をきいて、踊り好きな人なら「きいたことある」とおもうはず。あの「パパ・タラフマラ」ですね。wikiによると「タラフマラ」はアントナン・アルトーの著書『タラフマラ』に書かれているメキシコの秘境「タラフマラ」から取られたらしい。そしてアルトーについて調べると、彼はまた別の目的があってタラフマラ族に近づいたことがわかる。

すごーくシャイで他民族と接触せず、険しい山中に隠れて暮らす人々、文明人が失った運動能力や呪術的な文化を持っている人々、彼らに何かを求めて(たぶん勝手な期待)接触を図る人々は昔から居たわけだ。

この本の中でも、あのカスタネダの呪術師はヤキ族ではなくて本当はタラフマラ族だったという著者の説が出てくる。カスタネダが本を出すに当たり、シャイなタラフマラに迷惑が及ばぬよう、多少タフなヤキ族にしておいたのだという説。

この本では、植物由来の薬物の話はない。走ることで出てくるβ-エンドルフィンがあるし。

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人類がネアンデルタール人を抑えて繁栄した理由を「走り始めたから」とする説もおもしろい。ヒトよりも速く走れる哺乳類はたくさんいるが、長時間走れるのはいない。体毛がなくなったのは、発汗による最強の空冷システムを得るため、など。人類が2足歩行を始めたのは水中生活の時期があったためとする説以来の衝撃だ。

なぜ長時間走るようになったか、それはエサの動物を追い詰めて疲労死させるため。。。という推論だが、わたしはエサをとるためというよりは、エサにならないため、の方が自然な感じがする。最近読んだ本「ヒトは食べられて進化した」の影響かな?

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本書の最後は選ばれたウルトラランナーたちとタラフマラ族の非公開マラソン大会なんだけど、誰が勝つかなんてもうどうでもよくて、わたしもレースを見物している子供の一人になった気分で、ただただ楽しんだ。

著者は文章を書くのが少し不器用で、装飾過多だったり何を言いたいのかよくわからなかったりする。読む方も忍従が必要。けどゆるく長ーい上り坂を登っていると、最後に急に話が展開して読むのが楽になる。そのとき、分泌されていたβ-エンドルフィンの存在を感じられるだろう。読書にもランニング・ハイはある!

本を読み終えたときは、旅の仲間と別れるようで寂しかったな。

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わたしは走るのはあまり好きではなくて、有酸素運動では自転車の方がいいんだけど、今年の春高麗神社〜湘南平の起伏の多い山道を歩いたとき、帰りは行きと同じ風景で飽きたので、早く帰りたくて小走りに走ってみた。すると、けっこう楽しかったんだ。平地を走るようにドカドカではなくて、バランスを取りながら両手をひらひら使いながら、ふわふわと。サーフィンしてるみたいだった。

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カバーヨ・ブランコのサイトより
BARRANCA de COBRE TARAHUMARA

Posted by ritsuko at 10:11 | |

8 02, 2010

レモンブック

レモンブック [単行本] 北村 光世 (著)

レモン大好き。このごろ国産のや、防かび剤を使ってないのが、普通のスーパーにも並ぶようになってうれしい。1日1個は料理に使ったり食べたりする。黄色い外皮をむいて、果肉と白いわたの部分をパクパク食べる。残った外皮はリモンチェッロにしたり。

レモンはパキスタン発祥、ユダヤ人、アラブ人によって、地中海沿岸各地へ栽培法が伝えられた。大航海時代を迎えると航海中の壊血病予防のため船に積まれて新大陸へ。地中海と気候が似ているカリフォルニアで大量に栽培されることになったそう。ちなみにシャーベットはアラブ人の発明(!)

庭にレモンの木があってその下に食卓があったら最高だな。鉢植えでもできるそうだけど。。。潮風はなんとかなるとして、うちのベランダは夏至の前後2ヶ月ほど直射日光が当たらないんだけど、日射量足りるかな?

著者のサイトがあり、この本に収められているレシピのいくつかは見ることができる。
スローなファーストフード-MitsuyoKitamuraOfficialSite/北村光世公式サイト

Posted by ritsuko at 12:19 | |

8 01, 2010

西洋絵画のひみつ

西洋絵画のひみつ [単行本(ソフトカバー)]<br />
藤原 えりみ (著), いとう 瞳 (イラスト)

とってもわかりやすくて良い本。イラストもかわいい。

Posted by ritsuko at 01:27 | |

7 31, 2010

あの戦争になぜ負けたのか

あの戦争になぜ負けたのか (文春新書) [新書]<br />
半藤 一利 (著), 中西 輝政 (著), 福田 和也 (著), 保阪 正康 (著), 戸高 一成 (著), 加藤 陽子 (著)

半藤 一利, 中西 輝政, 福田 和也, 保阪 正康, 戸高 一成, 加藤 陽子の6氏による対談。加藤さんの名前があったので読んでみました。衝撃だったそれでも、日本人は「戦争」を選んだが下地にあったので、読みやすかった。いきなりこれを読んでいたら、少ない発言量で加藤さんは何を言っているのかよくわからなかったと思う。ちょっと無理をしてでもゴリゴリ読んでおくべき本というのはあるのね。この本は、最後の10ページだけでも、へーっと思う。NHKの龍馬伝を見た人ならすーっと理解できるだろう。

Posted by ritsuko at 21:56 | |

7 16, 2010

猫毛フェルトの本

猫毛フェルトの本―うちの猫と作る簡単ハンドクラフト [単行本]<br />
蔦谷 香理 (著)

もっと猫毛フェルトの本 うちの猫と楽しむ簡単ハンドクラフト [単行本(ソフトカバー)]<br />
蔦谷 香理 (著)

この表紙がかわいかったので、一つぐらい作ってみるかという気に。シャミの毛皮の微妙な色のグラデも、抜け毛が一緒くたに混ざった固まりになると、あんまりきれいじゃない。耳としっぽだけでも焦げ茶にしたいが、耳としっぽをブラッシングして毛を集めるのはほぼ不可能。むずかしいぜよ。

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Posted by ritsuko at 23:28 | |

7 06, 2010

FLAT HOUSE LIFE

FLAT HOUSE LIFE 米軍ハウス、文化住宅、古民家......古くて新しい「平屋暮らし」のすすめ [単行本] アラタ・クールハンド (著)

Posted by ritsuko at 23:39 | |

カデナ

カデナ [単行本] 池澤 夏樹 (著)


戦争する脳―破局への病理 (平凡社新書) [新書] 計見 一雄 (著)

Posted by ritsuko at 22:56 | |

6 25, 2010

ロードバイクの科学

ロードバイクの科学―明解にして実用!そうだったのか! 理屈がわかれば、ロードバイクはさらに面白い! (SJセレクトムック No. 66) [単行本]

理想的な自転車の指南書。ちなみに著者は北海道出身HONDAの技術者で、他に「実用 スノーボードの科学」というシリーズ、「スキー上達に効く!知識のサプリメント」という著書などがある。

ママチャリをロードのように速く走れるようにするには。。。など、ほほーと思った。

Posted by ritsuko at 16:27 | |

6 20, 2010

湘南漁師物語

6 11, 2010

アオバトのふしぎ

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かながわ野鳥ライブラリー 1
大磯町照ヶ崎海岸におけるアオバトの生態
1992
調査・編集:こまたん
発行:日本野鳥の会


浜口哲一さんの遺された著作を平塚市図書館で検索して目を通している。「こまたん」(髙麗山・花水川探鳥会)は大磯の高麗山周辺をフィールドにする、趣味で野鳥を見る人たち。1992年に野鳥の会の会報でこの報告書が発行されると知って購入した。あのアオバトが丹沢からやってきていたとは。。。そのルートは。。。なぜ彼らは山奥から毎日大磯まで来るのか?浜口さんの協力があったとはいえ、素人だけでよくここまで調べたなあ、リスペクト!!だったのですが、その後、このような立派な本にまでなっていたとは知らなんだ。


アオバトのふしぎ [単行本]
アオバトのふしぎ
こまたん (著)

鳥を調査するというメインテーマだけでなく、素人集団のそれぞれ得意な面を生かしての活動っていうのが、楽しい。登山が趣味の人、木登り名人、語学が得意な人、雨の日も風の日も早朝定点観測できる人(これが一番大変かも)。。。アオバトという鳥について知りたいそれだけのためのプロジェクト。このせちがらい世の中で、「だって知りたいんだもん」のパワーだけ。

そしてこれを読むと、いろいろなことが付随的にわかってくる。丹沢と周辺の山の植生の違い、人間は道路や線路で土地を区切って認識しているが、鳥の目線からするとまたちがう空の道があるということなど。

アオバトならこのサイト こまたん

Posted by ritsuko at 00:34 | |

4 23, 2010

ヒトは食べられて進化した

ヒトは食べられて進化した (単行本)

3章までは退屈だが、4章からはお待たせ、いろんな恐ろしい捕食者が紹介されます。トラやヒョウなどのネコ科。オオカミやハイエナなどのイヌ科。クマ、ヘビ、オオトカゲ、ワニ、サメ、猛禽類。。。古生代、つい最近の19世紀あたり、そして今も、霊長類は他の動物にとっておいしい獲物。捕食者別に襲撃方法、食べ方などを解説。

これを読んで、ふとおもう。ヒトと縁の深い犬と猫。彼らとの関係は、昔はわれわれ自身が彼らのエサだった。今は自身の肉を差し出す代わりに、快適な住居と安全と他のエサを与えている。犬や猫は狩りの大変さを味わう事なくエサを手に入れている。形はちょっと複雑になったが、ヒトはイヌやネコにとって今でもエサだ。。。

また、ある分野のある偉い先生が、異性を選ぶ基準として、男性は女性の顔、女性は男性の背の高さを絶対的価値と見ると言っていた。なぜ身長が?と不思議だったが、これを読んでからは、納得がいく。体が大きい動物は捕食されにくい=生存確率が高い。現代の生活では、人間が他の動物の餌になるなど考えられないのですっかり忘れているが、本来はヒトは常に狩られる側なのね。。。

後半は、西洋人は肉食だと自分でイメージしているけど、実際のところは。。。という話だったような気がする。アジア人としてはあまり興味が持てず、適当にスキャンして終わり。

Posted by ritsuko at 20:25 | |

3 23, 2010

それでも、日本人は「戦争」を選んだ(ヒトはいかにして、もう戦争しかないと思うに至るかという研究)

それでも、日本人は「戦争」を選んだ (単行本(ソフトカバー))

加藤陽子さんのベストセラー。この前に日経のレビューを見て「戦争の日本近現代史」を読んでいた。が、日露戦争までは話が単純でついていけたが、満州事変あたりからわからなくなって挫折。その数年後に出版された本著は、同じ内容で対象を東大生から高校生へ変更。シラバスでなく講義の内容が口語で納められている。

最初は何て楽なんだーと思いながら読んでいたが、読みやすいので理解していないことも理解した気分になってしまい、内容をほとんどおぼえていないことがわかった。ので、途中からメモを取り始めた。それは「続き」に。

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私の感想
業界に参入するなら早め早めだね。遅れて行って利益を上げるためには、抗争、博打等手荒なことも覚悟しなければ。戦争は博打。負けた分を取り戻そうとズブズブはまっていく。日本は勝って植民地を手に入れたときもあったが、それはチャラになり、千島列島と国民300万人を失った。

国民を扇動するとき、あんなわからずや、言って聞かせても無駄や!遅れているヤツラを教育してやらねばという感情が利用される。

戦争の真の動機は経済問題だが(一丁儲けたい)、結果として敗戦国は社会変革を迫られる。負けが混んできたからといって好きなときに戦争を終わらせることは出来ない。どちらかがスッテンテンになるまでやられる。結果、もう博打には手を出しませんとか、心を入替えて更生しますとか、念書を書かせられる。憲法の改正など。

著者は日本軍は(他国からの搾取でなく)一貫して安全保障という戦略的利益を優先させていた、というが、一体何を守ろうとしていたのか?

16世紀、南米を回った後、日本に来たイエズス会の宣教師は本国に報告していた。「日本には資源も広大な穀倉地帯もなく、国民は高度に教育され貧しいのに気位だけは高く自意識過剰で、維持に経費がかかるだけなので、植民地にする価値はない」と。若桑みどり「クアトロ・ラガッツイ」より。欧米にとって日本は、自分たちの邪魔さえしなければ、変な野心を抱かず中立でおとなしく正気でいてくれれば、つまりカタギでいれば手を出す相手ではなかったのでは?それを日本は自分から、しかも遅れて帝国主義業界に参戦して行ったわけだ。米・中・ロシア等大国と無理をして肩を並べる必要があったのか?

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ところで思い出したのだが。

若桑みどりの「クアトロ・ラガッツイ」で忘れられない記述がある。秀吉が天下を統一した後、諸国大名に絶対服従を徹底させるため、大坂城の築城を命じた。その費用も労力も大変な負担で、服従させることが目的なので、労働を人足に肩代わりさせず、武士たち自身に石垣の石や材木を運ばせた。あまりの重労働に耐えられず自殺する者が多数出た。
イタリア人宣教師はそれを見て、驚くべき日本人の特質としてバチカンに報告している。そんなつらいなら、普通自殺する前に抗議ぐらいするだろうと。刀を抜いて一応反抗してみないのか?どうせ死ぬなら差し違えるぐらいのことはしないのか?あんなに勇敢に戦った武士たちが!
わたしはそれを不思議に思っていたが、最近ある記事が目に留まった。

Twitter と自殺について (内田樹の研究室)

じゃ、なに?ヒトは社会が安定期に入ると、退屈で死んでしまうのか?行き続けるためにはアドレナリン全開になるものが必要ってこと?

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日本という国は、内部から変革して行くのはとても困難なようだ。ある方向に走り始めたら、もう止らない。とことんやる。次に外から異物がやって来るまでは。それをあっという間に取り込んで、次の方向が決まり、また走り始める。帝国主義路線が多大な犠牲を払ってやっと終わる。次の工業化路線を突っ走る。その終点は原発かな。なぜこんな地震国に原発を作ったのか?老朽化して解体することを予想もせずに建造し始めるなんて、どうかしてたんじゃないのか?と後世の日本人に言われるのだ。そして「それでも日本人は原発を選んだ」みたいな本が出るのか?

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「続き」

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百万人単位の膨大な死傷者が出ると国家は国民に対して新しい社会契約を必要とする。(「歴史は数だ」byレーニン)

アメリカの戦争犠牲者
南北戦争______________0,184,594人(リンカーンの演説)
第二次大戦太平洋戦線________0,092,540人
第二次大戦ヨーロッパ戦線を含む全体_0,294,597人

日本の戦争犠牲者
第二次大戦太平洋戦線________3,100,000人 

中国の戦争死傷者者
日中戦争、第二次大戦(軍人)____3,300,000人
日中戦争、第二次大戦(民間人)___8,000,000人


日本の戦争犠牲者__戦死者数 国内政治に与えた影響
日清戦争_________08,000人 普通選挙・政党内閣
日露戦争_________80,000人 戦費のため増税(地租)の必要。議員の構成が地主から実業家へ
第一次世界大戦____01,250人 政党内閣誕生。(社会不安。関東大震災)
世界的には3つの帝国崩壊、共和国誕生。国際連盟。帝国主義・植民地獲得競争への反省。
第二次世界大戦__3,100,000人 憲法改正


攘夷を掲げて明治維新を行ったので、他国に負けない強い日本を主張しなければ、政権の正当性を維持できなかった。(坂の上の雲に出てくるエライヒトはみな薩摩弁)官僚は薩長出身者で占められ、新たなポストは台湾総督府など外部の植民地に作るしかなかった。


西欧諸国による植民地獲得の動機は、過剰人口のはけ口。対して日本は一貫して戦略的利益(安全保障)に合致。


インテリのはずの東大生へのアンケートで「満州問題に武力行使は正当」と大多数が回答。満州事変の前後でその値は変化していない。満州事変の前からすでに国民の間にある気運が充満していた。


命とお金をかけて戦った戦争、やっとのことで勝って締結した条約、その条約に書かれていたはずの権益、これを死守しようという発想が日本側に強かった。条約のグレーゾーンを、中国は条約を守っていない、日本は被害国、無法者の相手に道理を分からせる必要があるという主張。(グレーゾーンとはそういうもので中国は悪くない、てゆうかこっちが侵略したんだし)


英独仏に権益を主張するために、早急に既得権益を作りあげる必要があり、その突貫工事のために陸軍が活躍した。陸軍にとっては大切な生命線。

満州事変を計画した石原莞爾の主張。戦争によって戦争を養う(対米戦、対ソ連戦のため、中国を根拠地とし中国の資源で戦えば、日本のように資源がない国でも、20年30年と戦争を続けられる)。石原は第一次大戦後ヨーロッパに留学してドイツの敗因を研究。長期間の総動員戦を支える財政力が問題と認識。

ずれていく満蒙に対する意図
国民への扇動:日本が苦労して獲得した条約を、中国が守っていない。所得の激減もそのせい(実際は世界恐慌のためで中国は関係ない)。
陸軍の本音 :将来の戦争のために資源供給地として満蒙が必要。

満州事変は関東軍の参謀たちが強い決意を持ち、3年の歳月をかけて綿密に準備された。陸軍の独走に対する勢力があったが
・内閣が連立政権だったため一枚岩でなく、内部分裂。弱腰にならざるを得なかった。
・治安維持法により共産党員の大量検挙の結果、戦争に反対する勢力が激減。
・「帝国主義反対」をスローガンにする全国農労大衆党があったが、兵士の待遇改善問題を考えると陸軍に逆らいにくかった。

陸軍のスローガンに魅せられる民衆
普通選挙は行われても、国民の約50%を占めていた農民の希望は政治に反映されない。特に世界恐慌のあおりを受けて貧苦にあえいでいた小作農に政府は冷淡だった。それらの人々の不満を吸収したのが陸軍の掲げるスローガンだった。
陸軍も、第1次世界大戦でドイツが敗戦した原因を研究した結果、長期の総動員戦を支える食糧と兵力を供給してくれる農民層が疲弊しないようにするのが大事、という認識だった。


日中戦争はお互い宣戦布告なしに、なしくずし的に始まった。戦争が始まるとき、国民はこれが戦争だと自覚していないことがある。中国側の読み:2.3年負け続け、海岸線が占領されれば、各国が介入してきて日本は自滅する(胡適)。


太平洋戦争開戦時の市井の人々の本音。日中戦争は弱いものいじめのいやな戦争。強い英米と堂々戦うことになってスッキリした!アメリカと日本の国力の差は、十分認識されていた。政府も隠そうとしなかった。むしろ物的な差を精神力で克服しようと、危機感を持たせて扇動するために強調された。


松岡洋右はソ連と中立条約を結んで対中国武器援助を阻止。日独伊+ソという4国同盟を実現させて安泰かと思われたが、独ソ戦勃発でおじゃんに。するとこの際ドイツと戦っているソ連を背後から攻撃するという案を出す。参謀本部はもともとソ連と戦いたかったので、大乗り気。

それにあわてたのが、陸軍省軍務部と海軍。日中戦争終戦の仲介をアメリカにやってもらえるかも思っていたのに、外務省と参謀本部の北進論を抑えるために、南部仏印進駐を唱え実行。それに迅速に反応したアメリカが、在米日本資産凍結、石油の対日全面禁輸を実行。


アメリカはヨーロッパ戦線の武器庫だが、戦闘機の生産が間に合っていなかったので時間がほしかった。アメリカはソ連がドイツ戦に冬まで耐えるよう、ソ連軍の気力を持たせるために何でもやった。外務省が北進を唱えなければ、海軍が南進を実行しなければ、太平洋戦争は勃発しなかったかも。


軍事費・特別会計
日中戦争に3割。残りは将来の対英米戦(海軍)、対ソ戦(陸軍)の準備のために使われていた。太平洋戦争開始までに使われていた金額は256億円。現在の価値で20兆4800億円。まだ準備の整っていないアメリカを不意打ちにして叩けば勝てるかもという期待に囚われていた。太平洋戦争開始時、日本の航空母艦艦載機生産数 日本:米=100:107 終戦時 日本:米=100:1509。


奇襲
日本は奇襲先制攻撃してくるという認識がアメリカにあった。なのになぜ無防備だったか。淵田美津雄著「真珠湾攻撃総隊長の回想」によると、高度100mから落とされた魚雷は深度60mまで一旦沈む。真珠湾は水深12m。日本の海軍航空隊の操縦技術をみくびっていたアメリカは、魚雷で攻撃されることはないとタカをくくっていた。実際は「月月火水木金金」といわれるほどきびしい訓練を重ねていた。真珠湾と似ている鹿児島湾で魚雷の落とし方を訓練していた!モデルは1年前の英国軍によるイタリア・ターラント湾(水深14m)急襲作戦。真珠湾攻撃のアメリカ海軍の戦死者3077人、戦傷876人、陸軍226人戦傷、戦傷396人。


ドイツ
中ソ米英に比べて日本と同じく資源力に乏しかったドイツは経済合理的に考えて、中国へ武器輸出をしていたが、反共の立場から、ソ連をけん制するために日本を支持に転換。武器を供給されなくなった中国はソ連に接近。国内の共産党軍をけん制するためにも国民党が先にソ連に近づいた。資源力がない日独伊は長期戦は無理。奇襲と地政学による挟み撃ちなどしか作戦がない。


「日本は戦争する資格がない」
水野廣徳(みずのひろのり)いわく。日本は輸出できる物は希少品でも生活必需品でもなく、せいぜい贅沢品の生糸ぐらい。日本と貿易が途絶してもどこの国も困らない。武力では勝てても、経済戦・持久戦では勝てない。島国でめったに国境線が脅かされなければ、国家の不安材料は経済問題だけ。外国との通商関係の維持が、日本の国家としての生命線。それは他国に対して非理不法を働かなければ保障される。だから日本は戦争する資格がない。だが彼の言葉に耳を貸すものはいない。


「かくの如く戦争が機械化し、工業化し、経済力化したる現代においては、軍需原料の大部分を外国に仰ぐがごとき他力本願の国防は、あたかも外国の傭兵によって国を守ると同様、戦争国家としては致命的弱点を有せるものである。極端に評すればかくの如き国は独力戦争をなすの資格に欠けるもので、平時にいかに盛んに軍備を張るとも、ひっきょうこれ砂上の楼閣に過ぎないのである。」


太平洋戦争全体の戦死者数のうち、9割が最後の1年に集中。地方紙の地方版に戦死者数が載っても、全国規模で情報が集積できないしくみになっていた。英語が出来る人が逮捕覚悟で短波を傍受するという手はあった。終戦の情報が民意に流れていたとわかるのは、株価。


引き揚げ
終戦時満州にいた日本人200万人。そのうちソ連侵攻後の死者24万5,400人。移民を送り出した政府の政策責任は?移民は長野県南部に多かった。世界恐慌で生糸の原価が暴落。養蚕業の人々の暮らしを直撃。飯田市歴史研究所編「満州移民」によると、初期に移住した村民から故郷に情報がもたらされる。政府から聞かされていた話と実情は違って過酷な環境、移住志願者が減り始めると当局は「満州分村移民」という制度を導入。村ごとにまとまった人数で移民すると村に特別助成金が支払われる。助成金目当てに移住者を送り出す村多数。その中で見識のある指導者は、助成金で村民の命を容易に扱おうとする国や県を批判。過去に事実を知っていると現代社会の見方も変わる(基地や原発の誘致など?)。


死亡した捕虜
独軍の米国兵捕虜死亡率:01.2%
日軍の米国兵捕虜死亡率:37.3%
自国の軍人さえ大事にしない日本軍の性格ゆえ。「飢死した英霊たち」(藤原彰)
国民の食糧を軽視。農民に徴収猶予がなく、農民の中にも技術者はいることに政府が気づいたのは44年。ドイツは食糧だけは絶対減らさない方針だった。
日本の炭坑では捕虜の中国人、朝鮮から徴用された民間人が劣悪な環境で労働させられ多数の死者が出た。その記憶は国民自身の悲惨な記憶に上書きされ落ちてしまう。


2,005年読売新聞の調査、戦争責任は議論されてきたか?という問いに5割以上の人がされていないと回答。当時の天皇・内閣・軍部の指導者の責任を問いたいという姿勢と、自分が当時生きていたら、助成金欲しさに分村移民を送り出そうとする県の役人、村長、村人側になっていたかもと想像してみる姿勢が大切。

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Posted by ritsuko at 02:51 | |

火を熾す

火を熾す (柴田元幸翻訳叢書―ジャック・ロンドン) (単行本)

いかに寒いかが熱く語られる。読んでるこっちだって寒いんだよ。手が凍えてページをめくるのもやっとなのに、その語り口調がしつこく熱い。読者は主人公の2倍疲れて、連れて行かれた地の果ての結末がそれかい!

犬も犬じゃ。アリステア・マクラウドの「冬の犬」の犬の爪の垢でも煎じて。。。
と、思い出した。昔、母に映画「グラン・ブルー」を見せたとき、「ラストがやりきれない」と涙ぐんだのを見て、わたしはあわてて話を付け足した「あの後、イルカさんたちが来て助けてくれたに決まってんじゃん」。あの犬にもそれを期待する。

Posted by ritsuko at 01:54 | |

1 11, 2010

ぼくの鳥の巣絵日記

ぼくの鳥の巣絵日記 (大型本)

すっごくいい!鳥の巣だけでなく、山の中の一軒家の暮らし、四季の移り変わりが描かれています。最初と最後のページの山全体を俯瞰した絵、ポスターがあればほしい。またはこの絵本そのものをカレンダーにしたのがあればなあ。

バサラ山スケッチ通信 ぼくの鳥の巣探検 (単行本)

これもおもしろかった。カワガラスの巣がそんなすごいものとは。集めた巣を飾っておけるアトリエを土台から自分で作るため、採石場に石を買いに行った話、鳥類学会の重鎮のお屋敷にお宝の巣を見せてもらいに行った話、友人だった星野道雄さんの話など。

この鈴木まもるさんって、たくさん本を出しているなあとリストをながめていて、ふと「おてつだいねこ」のシリーズが目にとまりました。ああ、これ、姪っ子がちいさいときクリスマスプレゼントに贈ったわ。。。あと「黒ねこサンゴロウ」っていうシリーズもあるのですね。こんどみてみよう。

Posted by ritsuko at 23:24 | |

1 10, 2010

フジツボ―魅惑の足まねき

フジツボ―魅惑の足まねき (岩波科学ライブラリー) (単行本)

いつだったか、イタリア料理店で「フジツボ」とメニューに書かれているのを見た。おそるおそる頼んで見たけれど、あいにくその日は入荷なしだったんだな。

海岸で貝を拾っていて、あっ桜貝!とかけよると、アカフジツボのカケラだったりして、ちょっとがっかり。。。

そんなフジツボではありますが、実はとってもかわいいのね。てゆうか、フジツボを研究している人たちってかわいい。研究に関係なく、フジツボの幼生の足跡を観賞する会があるらしいし。この本にもペーパークラフトやパラパラマンガまでついていて、ものすごーくフジツボに対する愛情を感じます。

Posted by ritsuko at 19:26 | |

神を見た犬

神を見た犬 (光文社古典新訳文庫) (文庫)

ロダーリの「猫とともに去りぬ」と同じ、光文社古典新訳文庫・イタリア人作家・短編集、プッツァーティの「神を見た犬」。

犬や猫や子どもがかわいそうな目に合う話は、わたしの弱点。わたしがこの世で最も恐れているのはアニメ「フランダースの犬」の最終回(マジ)。テレビでお笑い案組を見ていて、ネタとして突然出てくるとパニックになる。そんな変わり者のわたしにとって、この作品はドキドキの綱渡り。ロダーリほど安心しては読めない。けど、スパイスがきいていて味わい深い。あーイタリアだなあって感じがする。

通勤電車で読むとすると、ロダーリは朝。プッツァーティは帰りの電車がおすすめ。家に帰る途中でちょっと一杯やりたくなるかも。

Posted by ritsuko at 13:32 | |

わたしのノラネコ研究

わたしのノラネコ研究 (単行本)

児童書のコーナーで手に取った本。何かについて研究するとはどういうことか、具体的な手法がわかりやすく述べられている。が、事実に迫るとは、物事の理屈を知るとは、生物としてのオキテの容赦のなさを知ることでもある。。。

ネコの毛の色を決める遺伝子と、アドレナリンの分泌量を決める遺伝子には相関関係があり、猫の性格はだいたい外見で判断できる。。。というのを別の本で読んだとき以来のショック。

この本の研究テーマは、猫の繁殖についてなんだけど、ぶっちゃけ、どういうオスがメスにもてるのか?という研究。そもそも野生のネコを観察して生態を研究するなんて時間と手間がかかる研究はあまり例がないのだけど、今回も従来通り、体が大きくてケンカが強いオスがメスと交尾する機会が多い、という観察結果になった。

ところが、このごろはDNA検査というのができる。それで子猫たちの父親を調べたところ、意外と強いオスほど子猫をたくさん残しているというわけではなかったのである。

発情したメスの周りには、オスたちがスタンバイしている。強いオスほどメスに近づける位置取り。オスの序列が優先権を決定する。ので、公的には、目撃される限りでは、強いオスほどチャンスがあるように見える。しかし!メスは序列順に囲んでいるオスを振りきって、密かに気に入ったオスとあっという間に交尾している可能性がある、ということが明らかになったのである。

そのメスがオスを選ぶ基準とは。。。アウェイのオス。よそ者が好きなのです。転校生とか、本社から来た人とか、外国人とか、スナフキンとか。

オスがホームにとどまる限り、やはり体が大きいヤツがケンカに強い。しかし、知らない土地に流れて行って、他流試合となると、体が大きくてもなかなかケンカに勝てない。アウェイは不利らしい。でも、メスにはモテる。

オスたちが戦っているあいだ、メスは自分の基準で選んだ好みのオスとちゃちゃっと。。。ですよ。

DNA検査ができるようになって、初めてわかった事実です。長年、ネコのオスも、ヒトの研究者もだまされてたのですね。以前、猫のマッサージ本にあったんですけど、その著者は若い頃、実験用のネコを繁殖させるアルバイトをしていた。最初単純に考えて、オスとメスと1匹ずつケージに入れてみたが、全く子猫は生れなかった。そこで、ネコたちを大部屋に放すと、オスの間に序列ができ、トップのオスがすべてのメスを妊娠させて、あっという間に部屋は子猫だらけになった。。。と。r2: 猫とスパイと源氏物語

あの人もだまされていたわけです。オスのみなさんは、無駄に戦い合って消耗するよりも、自分を気に入ってくれるメスを探して旅に出た方がいいですね。地元(国内)に居てもモテないのよ。

Posted by ritsuko at 00:10 | |

1 09, 2010

猫とともに去りぬ

猫とともに去りぬ (光文社古典新訳文庫) (文庫)

昨夏、30年ぶりに高校の同窓会に出て再会した友人から「りっちゃんに星新一を教えてもらったよね」とメールをもらった。すっかり忘れていたけど中一時代の私は星新一エバンジェリストだった(狭い地方出身なので、国公立ながら中高大学と面子はほぼ同じ)。星新一なら、ふだん文学に興味ない人でも、理系の男子でも、誰でも楽しめる。

同じ理由をもって、わたしはロダーリをおすすめしたい。この表題作はたった14ページの短編。すぐ読めて、フっと笑えて、カラッとした後味。ラテン系のノリ。辛気臭くない。この感じは知ってるなあ、なんだっけ?そう、落語です。この短編集をネタに、誰か落語家さんに演ってもらいたい。落語に詳しい方は、この作品は誰に語らせようとか、リストを作る遊びもできるかも。

Posted by ritsuko at 20:28 | |

12 19, 2009

カズオイシグロ 夜想曲集

夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (単行本)

楽しめてほろ苦い。苦い部分も含めて笑える。40歳以上の方にオススメ。

「April in Paris」「The Nearness Of You」をiTuneで聴きながら読んだ。本を読みながらその曲が出てくると10秒で探す。そしてまた物語へ。これはいいことなのか?それとも?

Posted by ritsuko at 02:25 | |

12 16, 2009

ねこのおすしやさん

Rumiちゃんのネコ寿司を思い出して、手に取った。だいじょぶ、ネコは寿司ネタにはならないので、ネコ好きなかた、安心して見てください。とにかくおもしろい。

ねこのおすしやさん (大型本)

これをみて思い出したのが、話題のこの本(読んでませんが)

フリー~〈無料〉からお金を生みだす新戦略 (単行本)

フリーといっておきながら、この本が無料でないのはなぜなのか、ちょっと納得いかないんですけど。

Posted by ritsuko at 18:35 | 2 Comments |

12 01, 2009

ベーシックは美味しい

ベーシックは美味しい―オーボンヴュータン河田勝彦の菓子 (単行本)

この夏に自転車ロードレースファンの間で話題になっていた洋菓子店「オーボンヴュータン」

サイクルロードレース現地レポート オーボンヴュータン

梅甘週報: 尾山台

そのオーナーによるレシピ本。図書館で予約して受取にいって、意外と大きな本だったのにびっくり。ずっしり重い。1.4kg。内容も格調高く美しい。これ一冊あれば何でもつくれちゃう!。。。わけない。シンプルなマドレーヌでも、生地を型に流し込んで1日置く。。。読めば読むほど、これうちで作るのは無理だわ。。。もう作り方はいいの。へーこんなお菓子あるんだ、きれい、食べてみたい。。。ひたすら観賞。

Posted by ritsuko at 00:38 | |

11 30, 2009

ブルーノ・ムナーリ

毎日RSSでスキャンするサイトから、ここに目が留まって。

de loin on dirait une ile / bruno munari | ふじもとさとこ 

yo氏のコレクションと一緒だな。図書館にはこの本はないのかとムナーリで検索すると、訳:須賀敦子という本があった。そうかムナーリはイタリア人なのですね。

木をかこう (至光社国際版絵本) (単行本)

ムナーリという人は、こどもの美術教育にも力を入れた人らしい。巻末に、石畳の広場で子どもと先生と家族100人が集まって、紙製の木を作るイベントをやった写真がある。広場の地面いっぱいに大きな木を作って、子どもたちはわくわくしたでしょう。集まったけど少し離れて見てる感じのお母さんたちの立ち姿、ちょっと昔のファッションもいい。そして、訳者紹介の須賀さんの写真が若いのです。

モノからモノが生まれる (単行本)

隣にあった本。「ものをつくる」という、言葉で説明しづらいことを、一冊の本に。もしもこのテーマで、あなたが書けと言われたらどうする?目次と図版の入れ方をパラパラと見ただけでも、形にしにくいことに形を与える、それにはこんな方法もあるという、見事なお手本の本になっています。

Posted by ritsuko at 23:56 | |

11 12, 2009

カルトへの入会を防止するための手紙

さよなら、サイレント・ネイビー--地下鉄に乗った同級生」の著者による記事。

 <私は貝になりたい>サリンBC級戦犯:日経ビジネスオンライン

その文中にあったリンク(リンク先はpdfファイル7MB)

廣瀬君はフォト・ジャーナリスト、藤田庄市さん(62)の依頼で、大学生向けに「カルトへの入会を防止するための手紙」を書いています。読者の皆さんには、どうか、もしよろしければ、上のリンクをクリックして、廣瀬君自筆の手記に目を通していただきたいと思うのです。

このファイルが置かれているのは、カルトからの脱会者によるサイトのようです。

S-tation〜摂理途中下車のススメ

Posted by ritsuko at 10:08 | |

11 10, 2009

日本人の身体能力を高める「和の所作」

能に学ぶ「和」の呼吸法 (単行本(ソフトカバー))

日本人の身体能力を高める「和の所作」―足が速くなる!体が柔軟になる!集中力もつく! (単行本)

「疲れない体をつくる「和」の身体作法」の著者による本。だいたい同じことを言ってるんだけど、今回の収穫は横隔膜は2つある。ということ。

この本を読んでエクササイズの内容を理解できても、1回2回やったくらいでは、効果は出ない。体が変化するまでに続けるには、先生について、頭経由でなくて、直接体にお稽古してもらう必要があるとおもう。大事なのは師との出会いでしょう。

Posted by ritsuko at 09:53 | |

ヘルファイア・クラブ

ヘルファイア・クラブ上 (創元推理文庫) (文庫) ヘルファイア・クラブ下 (創元推理文庫) (文庫)

なんとか最後まで読んで思い返すと、一番のヘルは冒頭のまだ事件が起こる前の部分だった。逃避行が始まってからは、状況的には最悪への道をまっしぐらなんだけど、逆に主人公の心はだんだん解放されて行く気がする。

作中に、様々な「女の敵」のサンプルが出てきて、興味深い。善人の側には「日本で修業した僧」というのも出てきて、笑った。登場人物のうち、見た目が善人の悪人ほど物語を創るのが上手いんだな。この作者はどんな人なんだろ。ダートが地獄で書いているのか?ファンタジー文学のファンをコケにしていると思うけど、そういうのをミステリーファンは喜んで読んでいるのか?

読み終えてほっとしてるけど、何も読む物がない真っ黒な夜には、ノラとの旅がちょっとなつかしい。

Posted by ritsuko at 00:51 | |

10 28, 2009

世界平和はナマコとともに

世界平和はナマコとともに (単行本(ソフトカバー))

ゾウの時間 ネズミの時間の、または歌う生物学で有名な、本川達雄先生の本。冒頭で出てくる、ナマコの形態についての特性は、いつぞやテレビで見た事があります。(きれいな女子アナウンサーさんが素手でナマコをつかんで実験してくれた)

「ホヤと経済学」より
ホヤの群体の大きさとエネルギー消費量の関係を計測してみると、群体が大きくなっても全体の消費量がそれほど大きくなるわけではない。ということは、群体が大きくなるほど、構成する個体の消費量は小さくなる。これは企業など人間の組織でもいえることではないか。という内容。

毎度おなじみ〜で楽譜がついている。お風呂で読みながらついつい歌っちゃうんだな。

ヒトデナマコ、と来て、ウニ学というのも出版されたんだけど、これが高いんだな。よろしく図書館。

Posted by ritsuko at 01:20 | |

10 06, 2009

無銭優雅

無銭優雅 (幻冬舎文庫) (文庫)

さすが、幻冬舎。マーケティングがしっかりしてるなあ。にしてもやはり山田詠美さんは文章がうまい!大抵の人は主人公の二人を「キモッ」と思うのかな。わたしは好き。このボンクラ具合が。他人事でない感じで(笑)。人間万歳ですよ。これを読んだあとでは、渡辺淳一にも優しくなれる気がする。
読んで行くと、ところどころに関所がある。そこでプッと笑ってしまったら、ハイもう仲間ですよ。

Posted by ritsuko at 21:51 | |

9 25, 2009

この夏読んだ本

阿修羅のジュエリー (よりみちパン!セ シリーズ44) (単行本)

漢字全てにルビがふってあり、著者が隣に座って話しかけてくれているような演出の「よりみちパン!セ」シリーズ。これは、装飾・ジュエリーから、世界史を語った本。著者はケルト芸術の研究者。興福寺の阿修羅は造形的にすばらしいだけでなく、その肌を飾るネックレス、リボン、スカート、髪形なども非常にオシャレ。それらの装飾品はシルクロードで西方より伝わった。きらきら光る美しいものを求める心は世界共通。各地に残る遺物の旅。イタリア、ラヴェンナのモザイクもこういう視点で見たことなかったな。この著者の別の本、専門のケルト美術について知りたいと思い始める。

図説 ケルトの歴史―文化・美術・神話をよむ (ふくろうの本) (単行本(ソフトカバー))

京都異国遺産 (単行本)

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免疫の意味論

免疫・「自己」と「非自己」の科学 (NHKブックス) (単行本)

心はどのように遺伝するか―双生児が語る新しい遺伝観 (ブルーバックス) (新書)

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闇の子供たち (幻冬舎文庫) (文庫)

救いようのない話の最後にかすかな希望が。

かかわってしまった人からは、のがれられない。その人が幸せでない限り、たとえどこに行こうと自分も幸せにはなれない。そのことを受け入れながらいきてかなきゃならないんだよ。

Posted by ritsuko at 09:37 | |

9 05, 2009

谷根千終刊

というのを、谷根千ウロウロさんの記事で読んでなつかしくてたまらず、もうイベントは終了していましたが、谷中にぶらぶらしに行きました。私がちょうど東京に出てきた頃、この谷根千が創刊されました。以来季節ごとに谷中に散歩に行っては買い続けました。今みると34号まで手元にあります。

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湘南に越してからも、上野の美術館や東京文化会館には何度も行っているので、ついでに寄れないことはなかったのに、なぜかいつも時間がなくて、行けませんでした。

日暮里で降りて、まず駅がきれいになっているのに驚愕。オロオロしながら西口へ。おせんべいやさんや飴やさんがまだあるのにほっとし、谷根千ウロウロを見て、一番行って見たかったガラスやさんnidoへ。

それから路地から路地へ。普通の家の軒先にも不思議なものがいっぱい。民家の玄関先に、凝ったディスプレイのように見えて、近づいてみると、おもいっきりジャンク!だったり

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まあ趣が。。。とよくみると水草まで全部ビニール製だったり

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盆栽のようなサボテンがあったり

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分かれ道の大きな木の下のパン屋さんは、まだあった。

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谷中に通っていた頃、わたしは千葉の行徳という埋め立て地のはずれに住んでいました。そこはそこで、蓮畑が広がり、野鳥がたくさん来るいい所でしたが、駅からアパートまでの道は碁盤目状に整備され、建物はすべて新しく、人工的な風景でした。

谷中に来るとお寺の境内に高い木があり、道は必ず勾配がついていて微妙に曲がり、古い民家がたくさんありました。わたしは子どものころ祖父母と同居していましたので、おじいちゃんおばあちゃんが道を歩いている風景がなつかしかったのかもしれません。

谷中から上野へ。お祭り中の芸大の中を通って、博物館へ。法隆寺宝物館で静かなときを過ごし、染付展を見て帰宅。

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Posted by ritsuko at 14:34 | 2 Comments |

9 01, 2009

スカイ・クロラ

冒頭30分で、カズオイシグロの小説「わたしを離さないで」を思い出した。あの小説を映像化するとどうなるんだろう?と思っていたのを。

r2: わたしを離さないで

Posted by ritsuko at 23:21 | 2 Comments |

8 01, 2009

ActionScript3入門ノート CS4

Adobe Flash CS4 詳細!ActionScript3.0入門ノート[完全改訂版](CD-ROM付) (単行本)

宣伝で恐縮ではございますが、家人の労作が出版されました。この夏、フラッシュのアクションスクリプトができるようになりたい!とお思いの方はぜひ。「初心者にもわかりやすい。すぐに試せる実践的なサンプルを満載。」です。内容は逐次webでも公開中です↓(太っ腹!)。自力では挫折しそう。。。という方にはセミナーもございます。ぜひごらんください。

ActionScript3入門ノート CS4
「Adobe Flash CS4 詳細!ActionScript3入門ノート・完全改訂版」サポートページ:大重美幸

うちの広報宣伝部長もがんばってます

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ぶ、ぶちょう!

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Posted by ritsuko at 12:43 | |

6 06, 2009

ローマ亡き後の地中海世界 上

ローマ亡き後の地中海世界(上) (単行本)

やっと上巻の順番が回ってきた。1日で読了。てゆうかスキャン。下巻を先にじっくり読んでいたので、もう上巻は教科書を読む気分で目を通しただけ。

巻末に、地中海沿岸各地に遺された「サラセンの塔」の写真がある。ジロ・デ・イタリアの放送を見ていると、人里離れた海岸線にポツンと円筒形の要塞みたいなのがあって、なんてかわいい!海辺に小さいお城が。。。なんて思っていたが、あれは海賊の来襲を見張るための塔だったのね。

JMMの海外レポートも合わせて読むとおもしろい。

[JMM]「続・海賊物語」オランダ・ハーグより/春 具

Posted by ritsuko at 00:36 | |

4 16, 2009

ローマ亡き後の地中海世界

ローマ亡き後の地中海世界 下 (単行本)

図書館で予約していたら、下巻が先に来てしまったので、下巻から読み始めました。最初の4行でブル〜〜っと来た。その4行で、いろいろ考えることがあり、意識はあっちこっちへと。。。

Posted by ritsuko at 23:13 | |

4 09, 2009

キリストは何を食べていたのか?

キリストは何を食べていたのか?―聖書から読む「神に近づく食生活」 (単行本)

町山さんのポッドキャストを聞いて、アメリカっておもしろい社会だなあと常々思っていて、そのネタは町山さん本人が「師と仰ぐ」という越智道雄という人の著書にあるのではないか?と勘ぐった私は、越智道雄氏の本を続けて読んでみました。秘密結社とか、WASPとか、キリスト教右派とか、CIAとか、もうたくさんというほど読みました。その中で、これは軽い。キリストと同じ時代の物を食べて健康になろうという、地中海式ダイエットの本。

巻末の解説がおもしろい。それによると、最近はキリスト教右派の勢力も、無知蒙昧な人々ではなくなりつつある。ジャンクフードで健康を害するなど、

産業主義の弊害に目覚め始めたアメリカ人の多くは、今、懸命に自分の方向修正を図りつつあります。例えば、ガソリンによる汚染と温暖化への反省から起きた「スポーツ汎用車(SUV)反対運動」に則して書かれた「イエスは普段、どんな車に乗るのか?」、あるいはスクール・シューティングなど異様な行動に走る子どもの登場に怯えて「イエスは普通、どんな子育てをするのか?」など、似たような主題の本が。。。

ここまで読んで私はブハっと吹き出したが、スミマセン、それってホント?


昨晩、NHKの爆問で歴史人口学の話を聞いていた。それによると、日本の人口は奈良時代に爆発的に増えた。旧来の狩猟採集から稲作に移行して食糧が増えたといっても、縄文時代の人口から自然に増えるには無理がある数値。ということは大陸から多くの移民が来たと考えられる。その数は、全人口の8割(って言ってなかった?)。奈良時代の日本は超移民社会。今のアメリカと、奈良時代の日本って似てない?どうだったんですか?阿修羅像にきいてみたい。

阿修羅といえば、今発売中のBRUTUSは仏像特集ですね。
BRUTUS「仏像特集」メイキング〈阿修羅像撮影編〉 (フクヘン。- 雑誌ブルータス副編集長、鈴木芳雄のブログ)

Posted by ritsuko at 01:24 | |

4 02, 2009

脳の中の水分子

脳のなかの水分子―意識が創られるとき (単行本)

読む順序を間違えたみたい。「いち・たす・いち (脳の方程式)」から読むべきだったのか。。。それでもよく理解できないかもしれない。いいんですよ、わからなくても。「天才は冬に生れる」が絵本なら、この本は叙事詩かな。

本書でほうと思ったことは2つ。

1.局部麻酔と全身麻酔では、薬が効く仕組みが違う。そして全身麻酔の理屈はいまだによくわかっていない。

2.生物の形態や機能は、外部の誰かがデザインしたのではなく、自分自身の物質としての性質による。

  ダーウィンの進化論は、進化の要因が、環境とか生存競争による淘汰とか、やはり外側にあるという点で、むしろカトリック教会の教えに近い?

Posted by ritsuko at 00:13 | |

3 18, 2009

天才は冬に生まれる

天才は冬に生まれる (光文社新書) (新書)

先週の爆問の先生、中田力氏。この人の研究の内容について、肝心なことが全くわからんかった。図書館で著書を検索して、とりあえず在庫があったのを読んで見た。

コペルニクス、ガリレオ、ニュートン、アインシュタイン、ハイゼンベルグ、ラマヌジャン、ノイマン、ホーキング。なぜか天才は冬に生れているという序章。けどそれがこの本のテーマではないことはじきわかる。

「哲学のなぐさめ」と同様の構成。歴史的な科学者の生い立ちと業績について、難解な用語を使わずに、簡潔に述べられている。科学史の絵本ともいえる。その絵とは1ページを使って表わされる公式だけど。明解で美しく、ほっとする。あっという間に読み進むうち、科学と世界の関わりについてなんとなく感じる仕組みになっている。


印象に残ったのは「核兵器の拡散に最終的なブレーキをかけたのは、アインシュタインの手がけた平和運動ではなく、ノイマンのゲームの理論だった」という部分。

昨年末に初めて知ったショックな事実を思い出す。広島はともかく、長崎への原爆投下はデータを取るための実験だった、という。
ノーベル賞を勘違いした日本人:日経ビジネスオンライン
(以下はコラムニスト伊東 乾氏の推測)ノーベル財団は、核開発に関わった科学者にノーベル賞を授与するにあたり、被害国の日本人にも与えてバランスを取った。川端康成の自殺はその事と無関係ではない。

Posted by ritsuko at 00:54 | |

2 08, 2009

落ち葉のしおり

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図書館で借りた本を開くと落ち葉がはさまっていた。

Posted by ritsuko at 01:20 | |

1 23, 2009

灯台守の話

灯台守の話 (単行本)

岸本佐知子翻訳。のっけからして、ええ?そそんなって。。。という設定。ぐっとつかまれたところで、孤児になった主人公が灯台守にもらわれてきた夜のこと、はじめて内部に入った灯台の暗闇の描写に、ああ、やられた。。。もうダメ。骨抜きになった。


はずみがついたところで、著者の自伝的小説「オレンジだけが果物じゃない」を読んでみた。かなり風変わりな育ての母親との格闘と自立の物語。 映画「キャリー」を思い出すんだけど、主人公は超能力で親や世間に復讐することもなく、淡々と自分の道を歩み始める。

オレンジだけが果物じゃない (文学の冒険シリーズ) (単行本)

主人公は思春期の多感な時期に、他人から見れば大変な状況になってしまうのだけど、その自分の置かれた状況を1歩下って客観的に眺めているような、事実を受け止め、やるべきことをやる冷静さに共感が持てる。これは岸本さんの訳だから?このニュアンスは原語だとどんな感じなのかな?「灯台守の話」の闇の描写も英語で読んでみたい。

主人公も、母親も、周囲から「イカレテル」と言われながらも自分の信念を通す。自分の判断を信じ、努力を惜しまず、かなりやり手だ。信じるものは違っても、そのスタイルは同じ。

小さいころから、母親にカルト宗教の伝道師となるべくたたき込まれた、そのやり方によって、主人公は親から独立した。主人公は、親の望む姿には成長しなかったが、生きる力は親からしっかり受け継いだ。

親って大変だな。私の年齢のせいか、または自分も親の期待を裏切ってがっかりさせた類だからか、つくづく思う。子どもが最終的にどういう人間に育つか、親には選べない。基本的な生き方のスタイルしか叩き込めないんだな。

Posted by ritsuko at 00:50 | |

1 07, 2009

旅の民族学

旅の民俗学 (単行本)

宮本常一、12人との対談集。丸谷才一の芭蕉に関する考察。杉本苑子の平家落人村伝説はいかにして生成されるかについての仮説。中西陸の牛の分布から、当時の街道や交易の範囲がわかるという話。などがおもしろかった。

Posted by ritsuko at 19:28 | |

1 06, 2009

なぜ、男は「女はバカ」と思ってしまうのか

なぜ、男は「女はバカ」と思ってしまうのか (講談社プラスアルファ新書) (単行本)

「愛される事、快楽に対して貪欲」なのは女性の特質、らしい。それはそっくりうちの猫にもあてはまる。猫のような気性を持った人は、男性にも女性にもいる。子どものころは誰でも「愛される事は死活問題」だし、ヒトの基本的な性質だけど、大人になっても愛に貪欲な事を自覚していない、またはコントロールできない人の方が生命力にあふれていて、結局長生きだったりするんだな。

女性が愛に貪欲なのに対して、男性が執着するのは権力。と著者はいうが、じゃあ、女性が権力に無関心かというと、けしてそんなことはないと思う。あの韓流ドラマだって、ラブロマンス風につくってあるけど、実は権力闘争の物語で、女性たちはそれを喜んで見ている。チャングムでも篤姫でも、男性は権力を手に入れるための道具でしかない。

この長年女性たちが巧妙に隠してきた真実を暴いた本が「できそこないの男たち」。この著者の訳による「Yの真実」も読むとわかりやすい。本を読む時間がない人には、本人がラジオに出演して著書の内容を話したものを、ポッドキャストで聞ける。

TBS RADIO 11/14(金)コラムの花道 (小西克哉 松本ともこ ストリーム)

アクセス特集・田中康夫+福岡伸一・12月8日(月) - アクセス

ベストセラーの「生物と無生物の間」のダイジェスト
TBS RADIO 12/10(水)スペシャルウィーク・賢者の花道 (小西克哉 松本ともこ ストリーム)「コラーゲンがお肌に効くというのはウソ」という衝撃の発言が。

Yahoo!ポッドキャスト - サイエンス・サイトーク - 2007年11月25日:生きているとはどういうことか

「生物と無生物の間」も「できそこないの男たち」も固い内容だけど、著書のところどころに挟まれる、同業の研究者の生き様に関するエピソードがじわ〜っと来る。


LOHAS TALKによると、福岡先生が2008年の「今年一年のロハスな本」に選んだのは「銀むつクライシス」だったそう。あたしも読みましたよー。

銀むつクライシス―「カネを生む魚」の乱獲と壊れゆく海 (単行本)

Posted by ritsuko at 02:16 | |

12 15, 2008

コーヒー「こつ」の科学

コーヒー「こつ」の科学―コーヒーを正しく知るために (単行本)

表紙がいいです。中身もQ&A形式でわかりやすい。カフェインレスコーヒーはどうやって作るのですか?の答えに、ホエー!と感心しました。

にしても、ネットのニュースに「コーヒーに何々病を予防する効果がある事がわかった」みたいな記事が定期的に出てくるのはなぜなのか?コーヒー、バナナ等プランテーション作物の業界は情報操作に大金を投じてる?

情報といえば、わたしはELLE a tableという雑誌のメルマガを取っているのですが、先日そのメールのタイトルに度肝を抜かれました。

【ELLE a table mail】#174 排卵期に駆けつけたい"生肉"の名店とは?

Posted by ritsuko at 00:58 | |

9 06, 2008

日本語の外へ

日本語の外へ (単行本)

片岡義男によると、日本語とは、時間や空間を越えて人類に共通な何かを求める道具としては適していなくて、どっちかというと、空気を読んだり相手を思いやったりという微妙な作業を伴いながら、とりあえずその場の利害関係を調整するのに向いているらしい。そういう言語を使うからそういう思考様式になるのか?そういう世界観だから、そんな言語に発達しかのか?ニワトリと卵のようだけど。

すると日本語を使っている限り、日本の政治はずっとこういうものでありつづけるしかないってことか?

この本が出版されたのは1997年。第一次湾岸戦争の後。当時、職場の同僚のアメリカ人と論争になった。私がブッシュ(父)の政策を理解できないというと、同僚は「大重さんは平和主義者なのよ」と言い、「ダンの弟だって(前線に)行ってるしね!」と決めゼリフのように言い放った(ダン=われわれの上司)。それがなんで決めゼリフになる?ずっと不思議だった。この本を読んで、アメリカ人の戦争に対する心理構造がちょっとわかったかもしれない。「job」と「home」という言葉に代表される。。。

ある言語には、特有の思考様式がある。母国語の中にいる限り、その呪縛から逃れられない。著者は日本語と異質な言語として英語をあげているけれど、その英語も、英語を母国語としている人が話す英語は参考にならないという。第2言語として習得した人の話す英語が、母国語の外に出るヒントを与えてくれるそうだ。具体的には、ダライ・ラマやネルソン・マンデラが話す英語がイケテルという。

片岡義男が述べている事を、わたしは日本語で読んで「人から聞いた話」として自分にインプットした。

Posted by ritsuko at 22:22 | |

7 26, 2008

パリで出会ったエスニック料理

パリで出会ったエスニック料理 (単行本)

移民・難民・亡命者の物語と故郷の味。なつかしさとせつなさと。著者はパリで小さな独立レーベルを経営していた経験があり、自身もバンド活動をしていたそう。ル・モンド・ディプロマティークの翻訳スタッフとしても名前を見かけます。

わたしにとっての故郷の味は。。。それは子どものころ母が作ってくれたハンバーグ(笑)。以前、WIREDで、日本人の本当のソウルフードはカレーライスだという、日本に留学経験のあるアメリカ人による記事を見た事があります。自分で思っているイメージと真実は違うことってあるよね。

あと、懐かしいのは高千穂の釜炒り茶。義母が毎年送ってくれていました。実家は宮崎市内なのですが、実家のご近所さんがそのお茶の卸売りをしていた縁で、実家のお茶は釜炒り茶でした。今はそのご近所の奥さんが引っ越してしまったので、もう手に入りません。

あるとき、中華街で飲んだ台湾のお茶が、味といい葉っぱといい、そっくりだった。調べると、釜炒り茶は中国からお茶が渡来した当時の製法で作られるらしい。高千穂には神話やお神楽も残っているし、九州の山奥に、大陸からやって来た当時のものが、そのまま、まだ残っているとは。

大分のわたしの実家の母は、健康食オタクで常に新しいものを追及する人で、昔ながらの定番の味、というのはあまりありません。祖父母と同居していましたが、祖母は東京出身だし料理が出来ない人だったので。ちなみに、祖母はキャベツのことを「カンラン」と言っていました。

Posted by ritsuko at 11:58 | |

6 29, 2008

疲れない体をつくる「和」の身体作法

疲れない体をつくる「和」の身体作法―能に学ぶ深層筋エクササイズ (単行本)

能のエクササイズって、バレエと共通なところが多いとまたまた実感。「すり足」が深層筋をつくるというのを読んで、バレエレッスンでロンジャンアテール(片足を軸にし、もう片足をすり足で回す)をやる意味がわかったし。

そして、この本を読んだ収穫は、姿勢を決めるスイッチが指先にある、とわかったこと。図解の通りに、親指と人さし指を軽く合わせる、能の「カマエ」の形をすると、自然に骨盤の角度、体の重心の位置が決まるではないですか。それをバレエの指の形(広隆寺の半跏思惟像の右手の中指だけをふっとのばした感じ)にすると、自動的に重心が20cmほど上に移動する。そして元に戻すとまた重心が下る。指の型のスイッチを変えるだけで、自動的に!

無理にダイエットしなくても、必用な瞬間だけ痩せて見える方法がある、それは体を縦に伸ばす、姿勢をよくするってことなんですが、姿勢をよくするっていったって、具体的にどうすればいいのか素人の人には難しい。

わたしは子どものころからずっと姿勢が悪いと言われ続けていました。今も気を抜くと、いやほとんどの時間は気を抜いてますが、猫背です。バレエを習って初めて、いい姿勢とはどんななのかがわかりました。これは自分ではなかなかわからないものだと思います。

生まれつきの身体上の弱点も含めて、外見について情け容赦なく指摘され、くせを直され、それを自分でも認めることができて、やっとわかったのです。(オオシゲさん、あなたはカオがダメ!って何度も言われた^^;)人はなんとなく、そうは言っても自分はイケテルと根拠なく思い込んでいるところがあると思います。それを打ち砕かれるのに、相当な時間と投資が必用でした。

それがですよ、体幹を意識するなんて難しい事をしなくても、指の型だけでも、ある程度はできる。そこにもっと早く気がつけばよかった。

指の型が決まっているといえば、仏像ですけど。あれはやっぱり仏像のモデルさんが、長時間同一のポーズを続けられるよう、指のスイッチを入れてたんだと思うな。

今度、国立博物館の法隆寺宝物館に行くことがあったら、指の型と体の重心の位置の関係を見てみよう。あの暗い部屋に小さな仏様がずらりと並んでいるのを見ると、圧倒されて吐きそうになるけど。いや、あそこはすごいですよ。

Posted by ritsuko at 22:59 | 1 Comments |

6 23, 2008

中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす

中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす (NB Online book) (単行本(ソフトカバー))

日経ビジネスオンラインで連載中の「中国"A女"の悲劇」を読んで、むむ〜!と思った私は筆者の近著であるこの「中国動漫新人類」を読んで、またまた「えーそうなの!うーむ」とうなった。

著者は中国育ちで、日本に帰国後理論物理学を専攻、大学教授となったが、80年代に中国から大量に留学生が来るようになると、自分の過去の経験を生かして留学生たちの世話をするようになった。その数、数万人単位。たくさんの中国の若者に接するうち、ある年代から急に変化が見られるようになったと感じた。

それは、日本のマンガ・アニメの影響を受けているということらしい。一方で、その同じ若者は江沢民の愛国教育による激しい反日感情も持っている。反日と、日本アニメ大好き、その相反する感情が一人の中に矛盾する事なく同居する、これは一体どういうことだろうかと調査した結果がこの本。

調査はすべて著者自身による直接インタビューという形で行われた。対象は中国人留学生から、本国の大学生、街頭の人、海外に住む華僑、中国共産党幹部、などなどありとあらゆる分野の人たち。著者の顔の広さと根掘り葉掘り本音を聞きだす話術に脱帽。66歳になる著者は、調査のために孫とその友人から「スラムダンク」全巻を借りて読破したそうだ。

前半は、知られざる中国のアニメ事情。中国の子どもたちに日本アニメを浸透させたのは、安価な海賊版だった。たかが子供向けのマンガと政府が見逃していた間に、子どもたちは、上から押し付けられたものでなくて、自分のお金で自分の好きなものを選ぶという資本主義の基本を学んだ。という説。

後半は、江沢民の愛国教育が反日暴動に至った事情。共産党がやばくなったので国民の目をそらすために政府が裏で糸を引いてたんでしょう、という単純なものではない、という著者の解釈。特に第6章に書かれている、反日の発火点はサンフランシスコ、クパティノの反共華人からなる人権保護団体による署名活動だった、というのには驚いた。

中国の人権問題に向けられるのと同じ視点で、旧日本軍による慰安婦問題が告発されたという事実。チベット問題などで中国の人権の状況を非難するのと同様に、世界は日本の慰安婦問題も見ている。自分はシリコンバレーとは無縁ではないと思う人は、この章を読んでおいた方がいいんじゃないかな。

あと、なんで中国はああなのか?と平行して、なんで日本はこうなのか?という疑問に答えてくれる一撃な回答を得た。それは「日本人は、アメリカに負けたと思っていても、中国に負けたとは思っていない」。言えてる。戦後、アメリカは日本に対してメディア戦略をして「アメリカに負けた〜」「絶対かなわない」と強く印象づける事に成功した。著者はここで「日本テレビとCIA」という本を参考に挙げる。

近所に要塞のようなあやしい家がある。あるとき、その家の前に黒い街宣車が停まっているのを見た。それ系か!なんとなく納得したのだが、その後、またまた謎は深まった。ときたま電動のガレージが開いて家主を乗せた車が出てくるのを見るのだが、それがものすごくウエスタ〜〜ン♪なのだ。でっかいオープンカーのハンドルを握る年配の家主さんは、ヒラヒラのついたバックスキンのジャケットにカウボーイハットで、助手席にはでっかいお犬様たち。街宣車系の人って、国粋主義者じゃないの?外出時には羽織袴、乗り物はTOYOTAじゃないの?右翼にしてアメリカ大好きって本人の中で矛盾しないのか、不思議。反日でアニメ好きな中国の若者より理解しがたい。

ーーー

この本を読んで、またまたクアトロ・ラガッツィを思い出した。若桑みどりさんも、この本の著者、遠藤誉さんも、専門は別分野ながら、語学に秀でていて、根気よく集めた1次情報から、異文化の交流について考察している。そしてそのテーマの根底には、若いころの衝撃的な体験があり、今、時代の変換期にあたり、自分の使命を果たそうとしている年配の女性。

人は、今現在自分に起こっている事はなかなかわかりにくい。なんでなんだろう?と苦しみ悩んでもやもやした状態に耐える。時間がたてば、ああ、あの時の自分はああだったんだな、とわかることもある。それが、他人を横で見ている時は、それはこういうことだから、こうすればいいのに、と歯がゆくおもったりする。

国際問題も、同時代の他国、または他国から見た過去の自国を取材する。すると、今現在のことなのに、遠くから俯瞰するように自国を客観的に理解できることもあるんじゃないかなと思う。

私は最近「"現代家族"の誕生―幻想系家族論の死」という本(女性の著者によるインタビューから構成された本で、別名「親の顔が見てみたい調査」)と「中国"A女"の悲劇」(日経ビジネス オンライン)の
第8回 私が出合った<A女>たち(1) 〜年収2000万円相当、人柄最優先、でも結婚は"怖い"
第9回 私が出会った<A女>たち(2) 〜「漢民族の男とは結婚したくない!」を読んで、自分、母、祖母について考えてしまった。

戦争とジェンダー」のアマゾンのレビューで、家父長制が戦争の原因なら、それがなくなって平和が来るのはいつの時代のどこなんだ?というのがあったが、わたしはそれは今の日本じゃないかと思う。

平和はいいことだ、でもそれはそれで男性にきびしい状態なんだろうか?
「丸山眞男」をひっぱたきたい 31歳フリーター。希望は、戦争。
ならさ、男性たちが非生産的な戦争なんつうものに行ってくれれば、その間に女性たちに仕事のチャンスが回って来るとも期待できるよね。

もし今の社会が戦前の日本のような家父長制で女性に経済力が無ければ、女性はあんな人イヤこんな人イヤと言わずに、生きるために誰とでも結婚するんだろうか?

三砂(みさご)ちづるさんは、i-morlyのインタビューで、「女性の高学歴と社会進出には、娘たちにそうするようにとの母親たちの強い希望があった」とおっしゃっています。「自分たちの結婚生活がよっぽどイヤだったんでしょうね!」と。

女性から経済力を奪えば、多くの男性に結婚のチャンスが来るだろうか?いいや〜、経済力を持つ少数の男性が愛人を何人も囲うだけだと思う。で、愛人がいる男性の家庭がうまくいくはずもなく、家の中は地獄。そんな家庭に育った息子はグレて(わたしの祖父)娘たちは、結婚を恐れて修道院へ(わたしの大伯母たち)。

ーーー

ジェンダーとかフェミニズムとかの本を読むと、女性VS男性という構図しか見えない事が多い。でも、生物的には、男性のY遺伝子は大して情報を持っておらず、男性の役割は女性が持っているX遺伝子を運ぶ事だ。結婚は男女で1組だけど、遺伝的には、女性と、男性の母親との遺伝子交換になる。

男性は、その母親である女性の出先機関、遺伝子を残すための手先。だから、男対女の戦いは、実は女対女のたたかいでもあると思う。息子に出世してもらいたい、お金持ちになってもらいたい、功徳を積んでもらいたい。それは他の女性の遺伝子(を運ぶ男性)に勝つためだ。

遺伝子そのものにまるで意志があるかのような言い方はまちがっている、と福岡伸一先生はおっしゃっているけど。

ーーー

なんか、全然まとまりなく何を言いたいのかわからなくなってきた。あの911以後、女性が書く異文化の本が変わってきたなと思う。かつては自慢系、説教系が多かったと思う。こんなに素敵な外国生活、それにひきかえ日本はダメねえ、みたいな。

私は911とそれにつづくアフガン空爆、イラク戦争、自衛隊の派遣を絶望的な気持ちで見ていた。そういうときにこそ何かを発言してくれるはずの地誌雑誌「ナショナルジオグラフィック」が文明の衝突問題に及び腰なのを見て、定期購読をやめた。

その一方で、地道な仕事で、使命を果たそうとした人がいた。若桑みどり、本書の遠藤誉、それからblogやメールメディアで情報を(無料で)発信してくれる女性たち。その仕事を読む事の出来る幸せを今かみしめている。

それにくらべると、男性が書いた本は相変わらず主観と幻想にたよっているものが多いと思う。

ーーー

ところで、秋葉原の事件の記事を見るたび、「このことについては町山さんに聞け」と思ってしまう。
EnterJam 町山智浩のアメリカ映画特電
第10回 2006/12/06up『ザ・ワールド・イズ・マイン

そうそう、AEDについて調べたんですよ。器具の使い方はなんとなくわかった。しかし、新たな心配事が。。。それは、AEDを使用する場合、胸部をはだけるので、特に救助されるのが女性の場合、人目をさえぎらなければならない。やじ馬を遠ざけ、目隠しを設置する係を任命すること。らしいのです。だよな、そうだよな、「あ、そこのあなた!人目を遠ざける係をやって」とテキパキ言えるだろうか?それに誰を選んだらいい?やっぱり腕っぷしの強そうなカリスマ性のありそうな人か?それも女同士じゃないと。。。むずかしいなあ。電車に乗るたびに、この車両の中で任命するとしたらこの人だ、と10秒で決断する訓練をやっとくか。。。アホやな。

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その後の「中国動漫新人類」 〜「中国同人事情----オタク、何やってる?」:NBonline(日経ビジネス オンライン)

Posted by ritsuko at 19:11 | |

5 30, 2008

鎌倉文学館 バラまつり

で、長谷の鎌倉文学館で折り返し。

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まだまだ続く、若桑みどり祭り。「薔薇のイコノロジー」を借りてみた。これは好きな人にはたまらない本だとおもう。わたしは挫折の予感。

薔薇のイコノロジー (単行本)

Posted by ritsuko at 21:28 | |

5 18, 2008

クアトロ・ラガッツィ 最終報告

3ヶ月読んでいたことになる。最後のページをめくると、旅が終わってしまった時のような寂しさでがっくりしてしまう。空港から家に帰るために普通の電車に乗ったときのような。

かつて少年使節だった4人のそれぞれの最期。。。国外追放、病死、棄教、殉教。棄教した一人は、キリスト教か仏教かという以前の問題として、宗教に対する信仰心そのものがなくなってしまった。彼はわたしだ。と思う。

16〜17世紀の80年間に、日本にカトリックの布教の波が来て引いて行った。それはカトリック国スペイン・ポルトガルによる世界帝国の拡大と、やがて覇権がプロテスタントのオランダ・英国に移って行った事と関係している。そうです。

やはり宗教と経済は切り離せないと思う。しかし日本では、隠れキリシタンという、世界でも類を見ない信仰の形が残った。

神父の追放令が出たとき、ある神父たちは本国スペインの軍事力で威嚇し武器をとって戦おうとした。またある神父たちは、信者たちを見捨てるわけにはいかないと国外に逃げずに地下に潜って活動を続けた。

前者の神父たちの行動は、時の権力者のいっそうの猜疑心を呼び起こし、弾圧に拍車をかけた。後者の神父たちは全員処刑され教会が破壊されても、民衆の心に信仰を残した。

違う文明が出会い影響を与え会うということ、自分たちの文化を分かってもらうということについての、失敗事例と成功事例がここにあると思う。

amazonへ

クアトロ・ラガッツィ―天正少年使節と世界帝国 (単行本)

文庫もあります。

クアトロ・ラガッツィ 上―天正少年使節と世界帝国 (1) (集英社文庫 わ 13-1) (文庫) クアトロ・ラガッツィ 下―天正少年使節と世界帝国 (3) (集英社文庫 わ 13-2) (文庫)


集英社へ

青春と読書 本を読む「クアトロ・ラガッツィ 天正少年使節と世界帝国」

クアトロ・ラガッツィ 上 試し読み

Posted by ritsuko at 23:37 | |

5 11, 2008

クアトロ・ラガッツイ 中間報告3

少年使節がヨーロッパに行っている間に、キリシタンを保護した信長は暗殺され、秀吉の天下となった。

信長は、当時としては非常に珍しい、近代的な合理主義者だったと著者は分析しています。がゆえに暗殺されてしまった。明智光秀のバックにいたのは誰だったかについても書かれています。信長暗殺のいきさつを読み、その夜フリーチベットの集会の中継の再放送をオーマイニュースで見、うーむ日本は呪術によって保護支配されている島国だなあと感じました。

日本に最初に布教に来たカトリック宣教師たちが属するイエズス会は、司馬遼太郎の「南蛮の道」を読むとよくわかるが、スペインバスク地方出身の元城主、元騎士団の隊長などで結成されたエリート集団だった。

もともと支配階級の軍人たちだったので、日本で布教をするにあたっても、まず領主に会い許可をもらってできればその人物を改宗させ、そうすれば領民も自然と改宗者が増えるだろうという、垂直型伝播方式をとった。それに対して、その後に来たフランシスコ会は、まず社会の底辺の人から布教を始める、水平型伝播方式だった。

イエズス会がトップダウン方式だったのは、元々自分たちがエリートだったからで、人は知らず知らずのうちに、振る舞いや判断において、生まれ育った環境の影響を受けるものだと著者は語っています。

そういう彼らだったので、日本の諸国の武将たちは、宣教師たちを外国人であっても自分と同じ職種・階級の者だと感じ軽んずる事はしなかった。宣教師は当時の日本の権力者にやすやすと近づく事ができ、日本社会の序列の外に居たので対等な立場で、倫理や宗教という深いテーマについて話をし、彼らの世界観を知る事が出来た。

それらは逐一ローマへ報告され、当時の文書は今も残っていて、現代イタリア語で読めるそうです。その筆致は、冷静で客観的で、キリスト者というよりはジャーナリストに近いと著者は言います。


さて、信長が死んでしまったので、国内で安全に布教をできるという許可が無効になってしまった。それで宣教師たちは、秀吉に面会して許可をもらう。秀吉は、信長のアジア戦略構想をそのまま引き継いだ。しかし、信長に比べていくらかは信心というものを持っている、普通のタイプの人間だった。

宣教師のうち、コエリョとフロイスという2人は、秀吉が九州を平定するのに苦慮していると知ると、協力できる事を示して取り入ろうとして、大友、有馬などキリシタン大名を動かしましょうと請け合う。それどころか、朝鮮半島に討って出るときは、ポルトガル船を用意しましょうとまで言う。

それを聞いていた、日本人というものをよく知っているオルガンティーノ、ヴァリニャーノたちは、2人が非常に危険な発言をしていると思って焦った。秀吉は上機嫌な顔をしながらも、キリシタンが戦力になること、いつかは自分を脅かす勢力になるかもしれない事を、その瞬間に確信したと悟って。人間関係を「支配」「被支配」という形でしか結べず、自分に自信がない支配者だった。。。と著者は秀吉を評しています。

猜疑心の固まりで、いつかは自分を越えるかもしれないものを許す事ができない。宣教師たちは、そのような性格を秀吉に限ったものでなくて、当時の日本の武将たち全般に感じていた。というのも、当時の日本では、家臣による裏切り、寝返り、だまし討ちが横行していた。例外は高山右近などキリシタン大名で「デウスを信じるものは、主君に忠実で正直です。キリシタンの家臣は絶対に裏切りません。」というのが、宣教師たちのウリ文句だった。

秀吉はキリシタンの家臣を利用して九州の島津を征伐した。しかしその後。。。つづく。

Posted by ritsuko at 14:18 | |

4 28, 2008

銀輪の覇者

銀輪の覇者 (ハヤカワ・ミステリワールド) (単行本)

内容(「BOOK」データベースより)
戦争の足音が忍び寄る昭和九年、軍部の暗躍から実用自転車を使用した前代未聞の本州縦断レースが開催される。多額の賞金を狙い寄せ集めチームを結成した響木、越前屋、小松、望月の四人は、各々異なる思惑を秘めつつ、有力チームと死闘を繰り広げるが...。一攫千金を目論む出場者の悲喜劇、ロードレースの戦略や駆け引きを、日本推理作家協会賞作家が圧倒的なリアリティで描く、感動の自転車冒険小説。

いやあ、おもしろかったです。1日で読了。これは地方紙の連載小説だったのですね。年齢、職業、性別に関わらず、新聞を読む全ての人に楽しめます。多彩な登場人物、その誰もが魅力的。いろんな要素が入り乱れ、レースは前へ前へ進んで行きます。朝の連ドラ希望。

「復讐なんてあなたのような人がすることじゃありません」か。「復讐は人をダメにするんだよ」カンフーハッスルで大家のオバサンも言ってたな。

Posted by ritsuko at 01:04 | |

4 24, 2008

クアトロ・ラガッツィ 中間報告2

本日より、シャミ先生は、ふわふわのジャグジーではなくて、アマゾンの段ボール箱でお休みになるようになった。あったかくなったのね。

クアトロ・ラガッツィ―天正少年使節と世界帝国 (単行本)

少年使節は修業の旅を終えて日本に帰って来た。でもまだページが半分残っているので、これからがまた大変なんだろなあ。

使節を派遣したイエズス会の宣教師は「日本で布教をするなら、神父は日本語を習得し、日本の慣習や日本人の心情を理解しなければならない」と考えていた。

一方、そうは思わない神父もいて「われわれは後進国の未開人にありがたい教えを授けてやっているのだから、こっちが日本語をおぼえるのではなくて、日本人がこっちの言葉を理解する努力をするべき」という態度だった。

どっちが布教の成果を挙げられたか。そりゃ前者だった。

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今朝、シドニー(*じゃなくてキャンベラだった)の聖火リレーに中国人1万人が集まったというニュースを見て「負けた」とつぶやいた私。聖火リレーなんてどうでもいいじゃんと思っていたのに。なんていうか、その生物としての力に圧倒されたというか「ひえーこりゃかなわんわ」というか。その10秒後に「なんて下品な」とつぶやき、その5秒後に「っちゅうのも負け惜しみやな」と自分を嘲笑する。

北京在住のふるまいよしこさんが、JMMのコラムで(日本人が中国人に対して反感を持たないよう配慮しているのだと思うけど)、中国にも反仏デモとか国内の行きすぎたナショナリズムに危機感を持っている人がいると紹介しつつ、このごろ中国人がストレスに思っている事について書いています。

それは「マナーマナーってうるせーよ」。。。これは私の曲解ですが。オリンピックを前にして政府から「民主化」だの「グローバル化(全球化!)」だの欧米由来のスローガンを押し付けられてその上、その西欧から「なっちゃいない」と批判されてキレた状態。

その気持ちはわかる。私も高校時代に先生や世間に対して「受験受験ってうるせーよ」と思っていたから。そして告白すると今は「エコエコってうるさいよ、言われなくてもわかってんだよ」と思っている。。。

長野の聖火リレーの映像には、中国政府への抗議をするにせよアルファベットではなくて、「慈悲西蔵」みたいな漢字が映っててほしい。「人権」とか欧米のスローガンではなくて。(漢字の教養がないので、もしかして「偶然だぞ」事件みたいなことになる可能性もあるが)ああ、明治生まれの祖母なら、いい言葉を教えてくれたのに。おばあちゃんの机の上には、カナがない漢字だけの本が並んでいた。

今日テレビで中国・台湾・香港・韓国・日本・共作の「墨攻」という映画を見ていたら「兼愛」「非攻」という言葉が出てきた。これってどうなんだろ?検索してみると。。。「兼愛」=「人類愛」、対するのは特定の集団に対する愛、たとえば「愛国心」、か。え?「兼愛」は孟子には否定されてるの?それじゃ博愛を説くキリスト教とはぶつかるな。てことは、それを下敷きにした「人権」なんてものは儒教に反する?ああわかんない。今日はもう限界。


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「ふだんはおとなしい人たち」が一線を越えるとき、それは自分の子供や身内の弱者が飢えているのに、隣の家で宴会をやっていて「パンがなければお菓子を食べればいいじゃないの」と言われたとき、じゃないかなと想像する。「ベルサイユのばら」で、オスカルが無断欠勤している部下(平民)の家を訪ねると、餓死した子供の死臭がして、その体験が、恵まれた貴族である自分の境遇に気づき、革命で民衆の側に立つことになった、という場面があった。。。(と記憶してるんだけど、時々勝手にストーリーを作り変えて記憶しているので)

西蔵自治区で食糧が足りてないんじゃないのかな?拘束されたチベット人たちは食事を与えられてないっていうし。中国国内の食糧の値段が上がっている。オリンピックを前に問題が起きないよう地方に大勢の軍隊が配置されている。軍に回す食糧の確保か、輸送が追いつかなくて、または誰かが横流しして、現地の食糧が不足または高騰している。とか。

私はダライ・ラマの「チベットのみなさんへ」という声明を読んで、西蔵自治区の実質的な責任者は誰なんだろうと思った。この張慶黎と言う人は軍閥らしい。

asahi.com : 国際 : AAN
アジア関連書籍の紹介です
『胡錦涛ーー21世紀中国の支配者』

チベット問題は宗教や民族というよりは経済の問題だと思う。やっぱり中国に、労働に見合った対価が必要だと思う。一部の沿岸の人たちが豊かになったとは言え、それは鹿鳴館でしかないと思うし。私は10年以上前バリ島で出会ったフランス人に言われた言葉「日本円で○○円がインドネシアで○○ルピー、それっておかしいと思わない?」が消化されずにずっと残っている。

想像してごらん、国境のない世界を

「それは中華世界だ」と中国人は言うだろうか?「グローバル化された世界だ」とアメリカ人も言うかもしれない。成功しているのはEUだろう。民族も宗教も違うのにトルコはEUへの加盟を切望しているし。どこが違うんだろう?言葉や宗教は各国そのままで、人の往来と通貨だけを統合してるから?そうだよ、通貨の統合。世界中の。ダメ?


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こんな寄り道ばっかして、全然ページが進まない。。。

Posted by ritsuko at 15:21 | |

4 08, 2008

街場の中国論

街場の中国論 (単行本)

で、不思議なのが、中国ってなんでああなの?てゆうかああせざるを得ないの?この本は手っ取り早くそんな疑問に答えてくれる本。「週刊こどもニュース」大人版て感じ。(著者には同じシリーズで「街場のアメリカ論」というのがあり、アメリカはなんでああなのか?という似たような問題に答えを出そうとしています。)

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ところで、今の中国政権とアメリカのブッシュ政権は似ていると思う。アメリカがイラクに対してとった行動と、中国がチベットに対してとっている行動は、そう変わらないと思うけど(どちらも資源目当てに、いらん世話を焼くふりをして、罪のない人たちを弾圧している)。

日本ではそれぞれに対して抗議行動をする人たちが重ならない。イラクは見殺しだったのに、チベットでは抗議するのはなぜ?またイラクで気勢を上げた人たちがチベット問題に距離を置いているのはどうして?

著者は、日本人保守派の人々の、米国に対する屈折した感情を述べています。太平洋戦争で負けて、本来なら相当憎んでいいはずなのに、無意識のうちに抑圧されている。首相が靖国に参拝したなら、まずアメリカが抗議するはずなのに、そうならないのはなぜか?などについても書かれています。


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印象に残ったのは、著者の父親の話で、戦時中、中国に居て終戦を迎え、現地の中国人にひどい目に遭わされるかと思ったら、逆に帰国の日まで親切に面倒を見てもらった。しかし、その後、その中国人たちは、日本人に親切にしすぎたという罪で処刑されてしまった。戦後、中国を訪れたお父さんは思い出の街並みを歩きながら「街は当時と変わっていないが、あの人たちだけが居ない」と語ったという。

ひとたび負けを認め、自分たちの作法に従うものには篤い保護を与えるが、内部の裏切り者には苛烈な罰を与える。。。(イラクで人質になった人たちを非難する日本人を欧米人が不思議に思ったという事実を思い出します。)

イエズス会の宣教師は中国人と日本人について、世間知らずの割りに異様に自尊心が高い、とローマに報告したらしい。中国人と日本人って世界から見れば似ているのでは?

この本にはローレンス・トーブという東京在住の未来学者が書いた「性・年齢・最後のカースト」という本が出てきます。トーブ氏はベルリンの壁崩壊やイラン革命を予測した事で有名だそうです。その彼が、2020年に東アジアに儒教圏ができると予測しているそうです。ヨーロッパのEUみたいなものでしょうか。


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著者は、13億人の巨大国家をまとめて運営して行くには、シンプルで力強い幻想が必要、それはシンプルなほどよい。と述べています。

先日NHKのETV特集「ロシア」についての番組で、亀山郁夫氏がインタビューしたロシア人の学者が「民主主義っていうのは投票による数の原理でしょ?わたしたちは夢がないと生きて行けないのです」と言っていたのを思い出します。

中国人の人たちが、みな判で押したように同じ事を述べるのは、自分で考える力が無いからとか、情報を統制されているからとか、ではなくて、むしろ積極的に幻想を共有しようとしているからなのでしょうか?

中国近代史は、日本や欧米に分割統治されるなど不幸な事だらけで、全国民で団結して成功した幸せな思い出が、抗日戦線での勝利しかない。ので、内部の結束が危うくなると、その思い出を反芻する。日本の政権内部はその事情を分かっているので、まああまり苦情も言わない。と著者は解釈しています。


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著者は「文明の内容そのものは時とともに変わっても、文明が崩壊・再生されるときの方法は変わらない」という梅棹忠夫の「文明の生態史観」を紹介して述べているのですが、中国の場合は、政権の交代はクーデターなどではなくて、疲弊した農民の反乱から始まる。人口が増えすぎてその土地が養える限界を越えると、農民の反乱が起き、流民化し、地方にカリスマ的な指導者が現われ、王朝が交代する。それを「易姓革命論」と言うそうです。その際、飢餓や戦争で人口調整もおこなわれる、その繰り返しだと。

(日本の場合は、王朝は天皇家しかありません。為政者は変われども、王家は一つです。)

今、中国では農民の不満が高まっています。チベット問題とは民族間の争いという問題ではなくて、政府vs農民の問題なんでしょうか?チベット以上に非道に弾圧されているウイグル自治区の現状は、あまり話題にならず、知る人も少ないようです。中国全土で起こっている事が、チベットに限って報道されているだけなのか?

先日テレビでアメリカの南北戦争を題材にした映画をやってまして、それを見ていた家人が「この単純すぎる戦い方は何?戦術も何もない。三国志を読んだ事がないのか」とあきれていましたが(彼が読んだのはマンガ三国志だったのですが)、中国の現政権が交替すると、三国志のような乱世になってしまうのか?


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毛沢東が文革で医者や教師など専門職の人を迫害したのは、オールラウンダーな人材を育成したかったから、と著者は書いています。組織が巨大になると、人材が専門化してしまい、全体に対して責任ある考えを持つ人がいなくなる、それが不満だったと。

幕末〜明治にかけて、日本がすばやく近代化できたのは、多くの小藩がそれぞれ政治的にも経済的にも自治権を持っていたからだと著者は言います。いずれは藩主になるために、子どものころから経営者としての帝王学を学んだ人がたくさんいたから。

教育の権限を中央に集権化せず、現場の判断に任せた方がよい、とする(たびたびblogで読む)著者の教育論は、そういうとこから来ているのか。。。


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と、ここでまた出た、若桑先生のあれですよ。個と全体が調和している世界にいると感じる場合と、始まりも終わりもなくとらえ所のない茫漠な世界にいると感じる場合の、人間の感覚の差。


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梅棹忠夫の「文明の生態史観」を読んでみました。気候風土によって、文明は2つのタイプに分けられる。日本やヨーロッパなど大陸の端っこに位置するものと、インド・中国・ロシアなどユーラシアの真ん中の乾燥地帯を含む地域。

文明にも、生物のように生態がある。という考え方。わたしも文明の盛衰は人の成長過程に似ているのでは?と考えた事があった。こんな突拍子もない事を考える人はいないだろうと思っていたのに。しかもこの本は前の世代ではベストセラーだったらしい。


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チベット騒乱の背後に地下資源問題:NBonline(日経ビジネス オンライン)

2007年10月21日の第17回中国共産党全国大会において胡錦濤国家主席は、過去5年間の政権運営の活動報告を行った。その冒頭で胡政権が抱える"困難と課題"を列挙し、その第1番目が「資源・環境・格差」であった。資源は国家の最重要課題なのである。

チベット問題で抗議の声は上がっても、中国での事業から引き上げるとか、中国製品をボイコットしようという声は聞こえてこない。われわれが安い中国製品にたよって暮らしているという事実が、周り回って中国の底辺の人々に対するしわ寄せになっている、ということも忘れてはならないと思います。


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以下、怒りのオプショナルツアー

人権問題と、捕鯨問題って似てるなと思います。イラク戦争の時、世界のリベラル活動家はアメリカに反対した。けど、その意見は聞き入れられなかった。そこに利権があったから。金の亡者とは呼ばれたくない、けど「いらないの?じゃ、オレがもらう」と他人がむざむざ持って行くのはもっとイヤなわけで、結局みんな派兵した。日本を含めて。

利権に直接は関係ない貧乏人である大半の人たちは「そんなの関係ねえ」「金より道理だ」と仁侠心を見せるかと思えば、逆にナショナリズムに踊らされた。

捕鯨問題が起きとき、わたしはマンガに影響されて、鯨は日本の伝統食だと思い込んだ。今、鯨が伝統食だと言っているのは水産庁のホームページだけだ。正当性のない主張を、無理やり一般的なものにしようとするとき使われるのが、ナショナリズムだと思う。「私たちは一緒ですよね」と。

どうしてグリーンピースは「クジラってかわいいでしょ?」なんてトンチンカンなキャンペーンをやるんだろう?日本人には逆効果なのに。。。と思う。でも報道される日本人の行動は、「クジラが座礁したのを多くのボランティアが集まって助けた」(そのとき手に手にノコギリと包丁と皿。。。は持ってなかった)「水族館でこどもがイルカのショーを見て喜んでいる」(おいしそー。。。とは言わない)行動から見る日本人は、みんなクジラを愛でているようだ。が、なぜ外国人に言われるとムキになるのか?

このごろ、水産庁は捕鯨に関して路線変更をたくらんでいるらしい。これまでの捕鯨推進は最近退職した官僚一人の独断だったというシナリオにして。それは、ホエールウォッチングがお金になるとわかったからです。鯨がかわいそうとか、伝統食だとか、そんなの本当は関係ないようです。

真に人を動かすのは、怒りや悲しみではなくて、「ポジティブな」ステータスへの欲望。ルワンダの元ホテル支配人ポールはそれを利用して困難な仕事を遂行した。
ジェノサイドの丘〈上〉(フィリップ・ゴーレイヴィチ著 柳下毅一郎訳)p.162

ステータス。お金でも、権力でも、その他の場合でも。(ポールが使ったのは高級な酒でした。)

われわれ無力な人間の主張を、ちょびっとでも確実に世間に反映させる方法は「投票」と「消費」しかありません。

もう寝なきゃ。ネコ温度計はラサにしました。


ーーーーーmemo


3つの原理?セックス・年齢・社会階層が未来を突き動かす(単行本)

文明の生態史観 (中公文庫) (文庫)

Posted by ritsuko at 00:02 | |

4 06, 2008

サクリファイス

サクリファイス (単行本)

個人競技でありながら、チームワークがなければ勝てない自転車ロードレースの光と影。元々陸上選手だった主人公は、勝つ事の意味を見いだせず競技から去る。その後出会ったのが自転車だった。そしてエースではなくてアシストという役回りに自分の存在意義を見いだし、この世界で成功していく。そのチャンスをくれたのは。。。

前半に小さな疑惑とチクチクした心理描写が続き、後半に大事件が。ついつい、ストーリーの盛り上がり度をロードレースの高低図にたとえてしまうんだけど(この高低差は映画「アダプテーション」に似てる)。

淡々とした筆致に浪花節なストーリー。これはミステリーに分類されるんですか?どっちかというと昼メロぽい。絶対向いてるとおもう。ぜひ昼メロでやってほしい。イケメンのみなさんで。

ジャニーズのみなさんで「シャカリキ」も撮ってるらしいし。
Web R@dio Station"くりらじ" "BICYCLE21PODCAST"

自転車選手が現実にはどういう仕事か、何を考えているのかは、ここを聞くとよくわかります。特に今週はおもしろかったです。
Web R@dio Station"くりらじ" "Massas Channel"


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ツバメ初認。

Posted by ritsuko at 00:21 | |

3 16, 2008

クアトロ・ラガッツィ

ー天正少年使節と世界帝国ーという本を読んでいます。若桑みどりさん渾身の1冊。16世紀の日本文化とヨーロッパ文明と接触した際の克明な記録。当時の日本が元スペイン・ポルトガル領の南米の国々のように植民地化されることを免れたのは、イエズス会の宣教師が「当地は非常に貧しく占領する価値はない」と母国に報告したからだったらしい。

アフリカを出て大陸で生存競争をしながら移動してきた極東の地、この先は太平洋でどこにも逃れる場所はない、ここでどうにか生きなくてはという場所。チベットもアイスランドも同じような環境だったと思う。生産性が限られた厳しい土地で、淘汰してくれる天敵もいない人類が、殺し合わずに生きて行くというシステムを作り出した、チベット仏教はすごいと思う。

モノがなけりゃどっかから獲ってくればいいじゃないか、いらなくなったらそこら辺に捨てときゃいいじゃないか、いやになったら出て行けばいいじゃないか、生き残るために他民族から略奪するのは仕方ない、というスタンスのキリスト教に比べて。

西欧文明と接触するたびに影響を受けて、日本も何度か大陸に略奪に出かけている。秀吉の朝鮮出兵とか、明治以降の植民地政策とか。だから日本人だって善人というわけではない。それに宣教師から見てどうしても許せなかった日本人の悪徳についても書いている。


この本は重く厚く読み通すのが難しいと著者自身思ったのか、ちゃんと飴とムチで読者を誘導してくれる。その飴は「当地は占領する価値はないので無敵艦隊を寄越さないでほしい」と報告した宣教師は、中国人と日本人は野蛮な未開人ではなく、西欧と同等の高さの文明を持つので、暴力で支配したり子供扱いして指導するには適さないと判断した、という部分。

550ページ中、今やっと160ページ。まだ天正の少年使節はユニット結成もしていない。少し読んではいろいろ考える事があってなかなか先に進めない。昨日今日はチベットの暴動のニュースを見てまたオプショナルツアーに出てしまった。

チベット暴動の悪夢再び!五輪どころじゃねぇ!:イザ!

ラサにはもう行けないんだろうか?西川一三の「秘境西域八年の潜行 上・下・別巻」、木村肥佐生の「チベット潜行十年」を読むとチベットだっていい事ばかりじゃないらしいけど、いつか行って見たいと思っていたのに。そういえば、西川一三さんって今年までご存命だったのですね。チベット式: 【訃報】西川一三さん、チベット暦元日に逝く


ダライ・ラマとは特別な人なのか?図書館で著書をパラパラと立ち読みした事がある。めぼしい記事には当たらなかったが、これは?と思った一言があった。それは「あなたは他人が一目見てあなたが何者であるか判断できる身なりをしなければならない、でないと人は後であなたが第一印象とは違う人物だとわかると、だまされたと思って憎しみを抱くから」というもの。難しいです。こんなことは他の宗教家は言ってなかった。

まず自分が何者なのかわからなくてはならないし。普通の人は「ほんとの自分」より「なりたい自分」を服装で演出してると思うし。「本当の自分」って何?ときかれれば、自分を全く知らない初対面の他人が情け容赦なく観察した結果が「本当の自分」だ、と思っている、自分の事に関しては他力本願な私には特に。

昨日今日とチベットのニュースを見てると、ふとあれはもしかして公安のスパイのことを言っていたのか?そんな具体的なことやったん?とも思えてきた。


日本は資源のない貧しい国。今までどこの植民地にもならなかったのは、その価値がなかったから。もしもすんごい天然資源が発見されたら。。。チベットみたいに他国の餌食になっちゃうのかな。それはいやだ。そのとき、アニメを愛する世界のオタクが抗議行動をしてくれるだろうか?

ダライ・ラマ法王日本代表部事務所からのアピール/日本の皆さまへ

チベットを知るために/人権問題

白雪姫と七人の小坊主達 チベット争乱「統合される側」の悲鳴

Posted by ritsuko at 21:32 | |

2 24, 2008

(勝手に)なか見!検索 都市のイコノロジー

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1章と2章は「現代思想」1987~1990に「日常の図像学」というタイトルで連載されたもの。懐かしいトピックも。これを見てもういいや。。。と思うかもしれない。

そう思いつつ、3章に進み、ちょっと眠くなりそうになるのを、お茶を飲んだり声に出したりしながら最後まで読むと、えもいわれぬ幸福感に包まれます。この本は絶版ですが、3章はCiNii - 東京芸術大学音楽学部年誌 5 に「人間的空間の系譜 : 人文主義的文化における建築と都市の理論」というタイトルで収録されていて、幸いな事に、インターネット上で読む事が出来ます。

Posted by ritsuko at 01:19 | |

人間の空間

都市のイコノロジー―人間の空間 という本を読んだ。人が幸福感に包まれて暮らすには建築や都市計画はどうあるべきかということについての本。図書館で見かけてパラパラと見て、その巻末にあった小論文「人間的空間の系譜」に感動して、ぜひ手元にほしいと思った。だがすでに絶版。ネットで古書を手に入れた。

その小論文は当時芸大に勤めていた著者が、旧奏学堂を保存するために、関係者を説得する目的で書かれたと後書きにあった。しばしば研究者に引用されてきたが、一般には知られていなかったと。そしてその小論文で引用されている、更なる元ネタ「視覚芸術の意味」(E・パノフスキー著)という本を読みたくなったが、これも絶版。

amazonのマーケットプレイスで5600円より(元々の定価は7500円)。一度どこかの図書館で立ち読みしてから購入するかどうか決めよう、と県立図書館の横断検索をやってみた。県図書は貸出中、あと在庫しているのは厚木市と小田原市の図書館。この本は岩崎美術社の「美術名著選書」というシリーズだった。そのシリーズごと開架している小田原の「かもめ図書館」というところに行ってみる事にした。

初めて降りる鴨宮(かものみや)という駅。私の前を歩いていた若いカップルは「何もない。。。」と絶句していた。駅から「かもめ図書館こちら」というプレートに沿って歩く。本当にこの道なんだろうか?こんなさみしい。。。と思っていたら、目が合った。

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住宅街の中に突如あらわれるきれいな建物。
閲覧席でふと脇を見ると、目が合った。

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目的の本の「第2章 様式史の反映としての人体比例理論史」35ページ分をコピーさせてもらって、安心して談話室(休憩室)でコーヒーを飲んでいると、隅に座っていたおじいさんがナイフでリンゴをむいて4等分し、そのリンゴを素手で持って、その場にいた人に配り始めた。周りにいたおじいさんたちは、当然のように素手で受け取って食べた。私の近くに座っていた若い男性は逃げて行った。私の所には来なかった。リンゴは4切れしかなかったのだから、もしどうぞって渡されたらどうする?なんておびえなくてもよかったのに。

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図書館を出ると砂嵐だった。帰り道でまた目が合った。

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鴨宮の駅のホームで遅れた電車をずっと待った。強風のためではなくて、電車が小動物と接触したためらしかった。小動物って何だろう?西湘バイパスで「鹿飛び出し注意」の看板を見た事あるけど。大磯まで線路沿いの山側に梅が見えた。花は5分ぐらい。まだ咲いていないのか、風で散ってしまったのかはわからなかった。

Posted by ritsuko at 00:58 | |

1 23, 2008

文学全集を立ちあげる

カルチェ・ラタンで思い出したが、小林秀雄の有名な言葉「花の美しさはない、美しい花はある」は、バルザックの「ゴリオ爺さん 」からの引用だ、というのを読んだ。

文学全集を立ちあげる (単行本)

丸谷 才一・三浦 雅士・鹿島 茂、三氏による、もし今文学全集を作るとしたらどういうのにする?という対談。作家を目指す若い人が、これを読んでおけば息の長い作家活動を続けられるのではないか、文学作品を書く技術、基礎体力をつけるなら、という選考基準。前半が世界文学編で、後半が日本文学。文学賞メッタ切りぽくバッサバッサ。各人の個性が出ていておもしろい。

ロシア通、バレエ通の三浦雅士さんが挙げるロシア文学は、読んだ事がなくてもバレエ作品になっているものは大体見ているので、その世界がワーっと蘇って、採用されるとうれしい。

三氏とも理屈に関係なくこれは絶対入れたいと合意したのがリルケ。三浦氏は「ありがとうございました」とまで言う。バーチャル全集なのに!

そして人気なかったのが三島由紀夫と小林秀雄、埴谷雄高。堀辰雄に至っては「恥を知れ」とまで罵倒されている。堀辰雄はわたしもいらないと思うけど、立原道造は入れてほしかった。。。人に何と言われても好きなんだもん。いやでも、この文学全集の意図を考えると、ハンパに立原道造風な詩人が出てきたらいやだな。簡単に真似されたくない。

Posted by ritsuko at 16:36 | |

1 13, 2008

南蛮の道

街道をゆく〈34〉大徳寺散歩、中津・宇佐のみち (朝日文芸文庫) (文庫)


去年の秋、大分(豊後)に帰る直前、高校時代を同じ大分で過ごした友人から司馬遼太郎の「街道をゆく 中津・宇佐のみち」を読んだという話を聞いて、私もそれを読み、飛行機に乗った。

私の祖母の祖父の家は、中津藩の御抱えの両替商だった。「うちは武家ではなかったけれど、お殿様から名字帯刀を許されていた」とちょっと自慢気に祖母は語るのだけれど、高校生のとき日本史の教科書で「これはまさにそのことだ」という記述に出会った。

江戸末期になると地方の小藩は財政が悪化し借金地獄・リストラなどで武士は大変困窮した。その一方、低い身分の商人が金の力に物言わせ、のさばり、借金のかたに名字帯刀の権利をもらって武士の物まねをして悦に入る馬鹿者まで出現した。。。とまでは書いてなかったが、あーこれだったのか、トホホ、と思ったのでありました。ま、そんな祖母の家も廃藩置県で全てを失い、江戸に上京しています。

中津藩からは福沢諭吉が出ています。小学校時代に同じ大分県の出身ということで、先生が話してくれました。「君たちの先輩の福沢諭吉は、オランダ語を勉強して第一人者になったのに、これからの時代は英語だとわかると、それまで学んだ事を全て捨てて、一から英語を勉強し直したんだ。君たちも一度身に付いた知識にしがみつかないで、必要ならまた一から勉強する勇気を持つんだよ」


街道をゆく〈22〉南蛮のみち 1 (朝日文庫) (文庫)

街道をゆく〈23〉南蛮のみち 2 (朝日文庫) (文庫)

わたしとバスク (クウネルの本) (単行本)

大分には有名な銘菓「ざびえる」があり、駅や空港でその単語をたびたび見かけた。それから南下して宮崎に行き、姪がスペインに旅行するという話を聞き、スペインという単語がすり込まれた。というわけで、茅ヶ崎に帰ってきてからなんとなく司馬遼太郎の「街道をゆく 南蛮のみち」を手に取り読んでいました。

若い頃のフランシスコ・ザビエルは神学とは無縁で、将来は哲学の研究に捧げようと思っていたのに、カルチェラタンでイグナチウス・ロヨラに出会ったばっかりにイエズス会に入り、ポルトガル王の支援で日本に伝道に来る事になった。。。人の運命って数奇なものだなと思います。司馬遼太郎一行はザビエルの出身地、スペインのバスク地方を訪れ、実家のお城を見学します。

茶道の所作は、キリシタンの司祭のミサの所作に影響を受けているのは?、とか、秀吉以後、港湾部に首都を作るようになったのはリスボンをモデルにしたのでは?、とか、当時のスペイン・ポルトガルが日本に与えた影響について語られます。

歴史や文明についてはすばらしい文章を書いている司馬さんですが、食べ物の事になるとちょっと。。。料理研究家の長尾智子さんはバスクに魅せられ、何度も訪れ郷土料理などを記録しています。そのとき必ずバッグに入れて持ち歩いていたのはこの「街道をゆく」だったそうです。

Posted by ritsuko at 14:28 | |

12 21, 2007

ネコたちをめぐる世界

ネコたちをめぐる世界 (新書)

猫グッズのコレクションや、味のあるイラストがページをめくるごとに出てきて楽しいです。

ほうと思った事2つ。一つ目は、著者の飼い猫が、捕ってきたネズミは食べるが、ヒミズ(小さなモグラの一種)を食べない事。ヒミズは死んでいるが目立った外傷がない事。そういえば、うちのシャミもそうだった。シャミは簡単に捕れるというヒミズしか持って帰らなかったけど。ヒミズは本当に死んでいたのだろうか。

二つ目は、たとえば猫が机の上を歩くとき、置いてあるノートやペンケースは踏まないよう律義によける。けど、本やキーボードの上はかまわず歩く。踏んでいいものといけないものの境目はどこにあるのか?ある期間動かずに同じ場所にあればいいのか?足の裏に不安を感じないものなのか?

シャミは台所のカウンターに飛び乗る。カウンターには皿とかまな板とか包丁とかボウルとかいろんなものがあり、毎回配置が違う。床からはカウンターの上が見えない。とりあえず飛び上がり、着地するまでの一瞬にどこに脚を着けるか判断するようだ。置いてあるものを踏んでしまう事はない。すごい能力だと思う。

あるとき珍しく何かの袋の端に脚が着いてしまった事がある。そのとき、シャミは「しまった、大変なことをした!」という感じでそそくさと隅の方へ行きしばらく遠くを見て時間が過ぎるのを待っていた。私に「コラ」としかられても全然へーきなくせに、シャミ自身によるルールには弱い。

シャミは自分で自分に複雑な規律を課している。椅子に乗る時はまずその周りを左回りにグルグル回るとか。わざわざ必要のない約束事を果たす事で、昨日の世界と今日の世界が同じ事を確かめているのか?

Posted by ritsuko at 20:55 | |

12 11, 2007

冷蔵庫で食品を腐らす日本人

冷蔵庫で食品を腐らす日本人 [朝日新書059] (朝日新書 59) (新書)

ああ、耳が痛いです。いつだったか冷蔵庫が故障して数日使えなかったとき、冷蔵庫の中身を全部出してみて、いろんな物を発掘した身としては。それを戒めとして、今ではちゃんと食材を循環させているけれど。それはクックパッドのおかげもあるかなあ。つまり、レシピのレパートリーが大事なのです。今ある材料を使ってちょうどいいものを作るっていう。ほんと助かりますよ、クックパッド。

本書は、本を読むというよりも居酒屋で先輩の話をきいているような、ライブで曲を聴いているような感じです。軽快な語り口なんだけど、著者は「昔はよかったなあ」式の懐古主義者でもなく、「あいつらにはわかんねえ」式の国粋主義者でもなく、現実を経済的な裏付けから分析し、消費者としての自分の感情も客観的に観察している、非常に合理的な精神の持ち主だと思います。

Posted by ritsuko at 23:25 | |

11 13, 2007

第三の脳――皮膚から考える命、こころ、世界

皮膚は考える (岩波科学ライブラリー 112) (単行本(ソフトカバー))

第三の脳――皮膚から考える命、こころ、世界 (単行本(ソフトカバー))

皮膚は臓器。
皮膚は電気システム。
皮膚は脳。

著者は医者ではなく民間企業の研究員です。「皮膚は考える」は概論。「"第三の脳――皮膚から考える命、こころ、世界」はさらに図解で詳しく書かれ、著者の私的な考察もついています。著者の研究は、何か具体的な病気の治療に役に立つとか、目の前の何かをどうにかしたいというものではありませんが、人間って、生き物って面白いなあと思えます。

最先端の研究なので、目次だけ見るとトンデモ系かと誤解されるかもしれませんが、著者はそうならないよう注意深く言葉を選んで誠実に書いています。内容が非常に面白く、文章の手触りも繊細で心地いい本です。

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お風呂から出て私は暑いと思っている、扇風機の前に立って冷風を浴びると1秒後にくしゃみが出る。わたしはまだ暑いので体を冷やしたい。でも体は「ダメダメ」とくしゃみを連発させる。花粉の季節には体の中で嵐が起こる。頭はぼうっとして判断力が鈍る。自分の体の免疫システムに自分自身を乗っ取られる感覚。

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わたしは子どものころ、慢性扁桃腺炎でお医者さんから患部を切除するしかないと言われ、手術の日取りも決まっていた。その前日、母がノドの腫れに効くお灸をしてくれるおばあさんがいるという話を聞いて、わたしをおばあさんの家に連れて行ってくれた。おばあさんは鍼灸医ではなくて無料のボランティアだった。両ヒジのくぼみに小さなモグサを乗せて火を点け、アチッと思った一瞬に終わった。家に帰って熱を計るとすっかり下っていた。

翌日、手術前の診察でわたしのノドを見た先生が「あれ?すっかり腫れが引いてる。切らなくていいかもしれないよ」と言った。ほんとですか!手術が怖かったわたしはうれしくて余計な事を言った「やっぱりお灸が効いたんだ」その言葉を聞いた先生は「またあのバアサンか!」と険しい顔になって、手術は決行された。後で看護婦さんに「あーあ、先生はああいうの信じないからね」と同情された。

何ヶ月も薬を飲み続けて改善されなかった症状に、お灸が劇的に効いた。その効果には医者も驚いた(認めなかったが)。お灸を据えた場所はノドとは関係ない場所だったのに。熱を加えたのはほんの一瞬だったのに。

ずっと不思議に思っていた事のしくみが明らかにされるのを読むことができるのは楽しい。

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Yahoo!ヘルスケア - ニュース - ストレスで皮膚の抗菌能が弱まる

Posted by ritsuko at 14:31 | |

11 04, 2007

アッティカの墓碑

「墓の彫刻―死にたち向かった精神の様態」というタイトル。著者はE・パノフスキー。ということは「あれ」が見れるのではないか!と期待して手に取った本。

墓の彫刻―死にたち向かった精神の様態 (大型本)

人は何を価値あるものと感じるのか?パノフスキーの「イデア」と澤柳大五郎の「ギリシアの美術」は、そういうことを考えるということはどういうことか、という実例を教えてくれた。特に「ギリシアの美術」のアッティカの墓碑の章は、それを読み終わった後、感動で長く長くため息が出た。

前5世紀半ばから4世紀末までに、アッティカ地方で作られた墓碑。それは石の板に彫られた浮き彫りなのだが、そこに掘られているのは、死者の生前の姿。故人の業績を記念する姿でもなく、死後の楽園に暮らす姿でもなく、日常の生活の一場面。

その場面には、まだ生きている家族や従者も一緒に登場することもある。しかし、その人物たちのうち誰が死者なのかは、表情を見るだけですぐわかる。死者は周りの誰の声も聞こえず、誰の顔も見えず、視線を遠くに投げ、静かに死を受け入れている。生者の人物たちはそんな死者を見つめたり手を握ったりして愛情を示している。

エジプト人のように死後に旅に出るでもなく、キリスト教徒のように天国(または地獄)に暮らすでもなく、日常の中に永遠が、死と生が同時に存在するというギリシア人の死生観。それは故人の本質とは何だったかを記録し永遠に残そうとした、墓碑の彫刻を見ることによって、私の心に刻まれた。岩波新書の数ページに小さくモノクロで印刷された写真ではあったが。

「美とはどういうことだろうか?」「それは、ある人にとっては美だが、ある人にとっては美ではない、というものであってはならず」「ある時は美しいが、またある時はそうでない、というものではあってはならない」。。。という会話によって定義されていく、プラトンのイデア論を読むよりも。

この「ギリシアの美術」を25年ぶりぐらいに読み返してみて、墓碑の章の次章に鉛筆で傍線が引かれているのを発見した。自分で引いた以外に考えられないのだが。

しかし全期を通じてギリシア人にとってはこころと身体とは一つであった。こころは眼に見えるものであった。また顔と身体は一つであった。
ギリシア人にとっては眼のみならず、全身がこころの窓なのである。

「全身がこころの窓」という言葉にあっと思った。今、同時に読んでいた別の本とつながったからだった。それは「岩波科学ライブラリー 皮膚は考える」にて。。。


ギリシアの美術 (岩波新書 青版 520) (新書)

イデア―美と芸術の理論のために (平凡社ライブラリー) (単行本)

パノフスキーの「イデア」は新訳が出たんですね。少しは読みやすくなったのかな。

Posted by ritsuko at 00:09 | |

10 17, 2007

猫にかまけて

猫にかまけて (単行本)

町田 康の猫との生活と愛情の記録。猫たちのキャラに爆笑しながら、猫との別れでは自分の経験を思い出して不覚にも落涙。ヘッケと子猫の頃のシャミはそっくりだ。拾われた時の状況も、名前の由来も、おもちゃをくわえて持って来る所も。幸いシャミは私が拾った猫では珍しく長命だった。シャミチャン、ひしと抱き寄せる。愛とは悲しく苦しいもの。

Posted by ritsuko at 10:58 | |

10 11, 2007

食卓の安全学―「食品報道」のウソを見破る

食卓の安全学―「食品報道」のウソを見破る (単行本)

「暮しの手帖」で推薦されていて読んでみました。食品報道だけでなく、情報一般とのつき合い方を啓蒙してくれる本です。わかりやすく食情報を提供してくれるおすすめサイトのリストもあり。

Posted by ritsuko at 01:47 | |

9 21, 2007

輝く日の宮

輝く日の宮

ああ、おもしろかった!私はさきに「ゴシップ的日本語論」を読んでゐて、その最後
「どこかエロな所はないかと探しながら小説を読むのでいいんだ」
みたいな(詳細は忘れた)文が気に入っていました。この本「輝く日の宮」は全編エロです。

その上、ハーレクインロマンス風あり、チャンバラものあり、怪談あり、小津映画風あり、文学の楽しみの「物尽くし」にもなっています。説明が面倒くさそうな源氏の解釈については、女流研究者同士が壇上で対決というコメディの戯曲風に仕立ててあって、読者を退屈させません。松尾スズキにお芝居にしてもらいたい。紫式部と道長の部分は花組芝居がいいな。ちょっとキモイ感じがちょうどいい。

主人公の恋の行方はどうなるのか?意外なライバルが現われたりして、ありゃーますますややこしくなってきたよ。と思っていると、最後の章は。。。最初の1行を読んで、この章は作者からの贈り物だと瞬間わかって、感動でちょっと涙ぐんでしまいました。ほんと期待を裏切らない。至れり尽くせり。

そしてすべては語らず1番おいしい所は読者にまかせています。ここまで来たら、もう安佐子と紫式部の生霊が読者に乗り移っているので、その続きを想像するのは難しくないでしょう。てゆうか、気がつかないうちにすでに作者が全部説明してくれているんです。こっちが自分で想像したと勘違いできるぐらいに。まったく町山智浩さんかと思っちゃう。

ゴシップ的日本語論 (単行本)

ゴシップ的日本語論は、泉鏡花の解釈とか、柳田国夫と折口信夫の業績とか、源氏物語をめぐる瀬戸内寂聴との対談などが載っていて、ある意味「輝く日の宮」の解説書ともいえると思います。

Posted by ritsuko at 00:05 | |

8 27, 2007

わたしを離さないで

わたしを離さないで (単行本)

「日の名残り」のカズオイシグロの作品。限定された境遇を受け入れながら生きるということについて。この小説の場合の主人公たちの境遇は「提供」という言葉が出た時点で薄々わかってしまう。その秘密は、読み手を物語の最後まで連れて行ってくれる動力になっているが、読み進むうちに、彼らが過酷な運命の中に生きていることを忘れてしまう。主人公たちの子供時代、思春期と物語を読み進み、主人公の心にぴったりと寄り添ううちに。

以下は本作を読まれた後に































この小説の中には登場人物の容姿についての記述がないのです。欧米の作品を読む時、うっとうしく思うのが、髪は、目は、何色で。。。というくどくどとした表現なのですが、この作品では登場人物の具体的な外見については語られません。

彼らにとっては外見は単なるコピーでしかない?外見には意味はないのか?

もしこの作品を映像化するとなるとそこら辺が問題だろな。この作品を読んだ人は電器羊(ブレードランナー)とかを思い出すんでしょうか。私はメアリ・スチュアート・マスターソン主演の映画「恋しくて」です。


恋しくて


それから、三角関係といえば、古いけど、やっぱり私には「冒険者たち」ですね。アラン・ドロンのあの最後のセリフ・・・。


冒険者たち 冒険者たち 40周年アニヴァーサリーエディション・プレミアム

Posted by ritsuko at 00:19 | |

8 01, 2007

空中スキップ

空中スキップ (単行本)

キシモトワールドです。最初の犬の話で、やめとこうかと思ったが、次の心臓移植の話で、もう少し読んでみようと進むうち、またまたドップリ浸かってしまい、一気に読了。不公平で不条理な現実世界に対する、皮肉とささやかな復讐。

ところで、「ひにく」はどうして皮と肉なのか?とすれば血と骨は?ん、そういえば「血と骨」ってありましたな。

Posted by ritsuko at 16:15 | |

7 30, 2007

心の砕ける音

心の砕ける音 (文庫)

これも打ちのめされるようなすごい本より。ミステリーです。クライマックス近く、ある一文を読んで、いやある形容詞を見た瞬間、ウオオオオ!!!恐怖が背筋を走った。読者に対して、念入りにしかけられていた罠。まんまとはまりましたよ。ああ怖かった。


「気をつけるのよ」
「愛を必要としすぎないように」

その言葉の意味も最後まで読むとわかります。そしてそれは特別なことではなくて誰にも起こりうると考え直すと、またうっすら怖くなる。。。でも気をつけろって言ったってさ、気をつけようがないよ。落石注意の標識か。。。やはりメロドラマは苦手です。

Posted by ritsuko at 23:11 | |

7 10, 2007

あなたのTシャツはどこから来たのか?

あなたのTシャツはどこから来たのか?―誰も書かなかったグローバリゼーションの真実 (単行本)

Posted by ritsuko at 19:36 | |

7 01, 2007

笹まくら

笹まくら (文庫)

打ちのめされるようなすごい本から本命、丸谷才一の「笹まくら」。図書館で借りた新潮現代文学全集63巻。「笹まくら」「年の残り」「思想と無思想の間」「横しぐれ」と一気に読んだ。「打ちのめされる」というよりも「吸い取られた」感じで消耗した。

恋と女の日本文学」に書かれていた、「恋愛という個人的な事と、社会との関わりという公の事、どちらかだけを描くのではなく、双方が密接にかかわり合い切り離せないストーリー」(私のつたない解釈による)そのものですね。

過去と現在が交互に同時進行するスタイル。素晴らしいラストシーンは香港映画「ラヴソング」を思い出した。わたしの印象に残ったのは、その少し前、陽子が実は。。。で、主人公が妻の寝顔を見るシーン。主人公はその時初めて、妻を女としてでなく同じ人間として見た、と思う。普通の人には理解できない(と主人公が思っている)特別な孤独と悩みを持つ人間として。

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徴兵忌避というと思い浮かぶのは、イラク戦争への従軍を拒否して裁判になっている、米国陸軍将校、ワタダ中尉の事件だ。中尉はハワイ出身の日系人。

暗いニュースリンク: ワタダ中尉の従軍拒否に関するタイムズ紙報道

太平洋戦争時、日系人の部隊は戦闘の激しい前線に送られた。日系人がアメリカ市民として社会に受け入れられるため、収容所に入っている家族や同胞のため、命令通り戦い戦死者も多数出た。

一方、その子孫であり生まれた時からアメリカ人として育ったワタダ中尉は、状況を自分で判断し、行いを自分の意思で決めるというアメリカ人らしいスタイルを通した。どちらもアメリカに忠誠を尽くしアメリカ市民であるための行動だ。

もし日本国憲法第9条が変わったら、徴兵制が復活すると思うけど、そのとき夫や息子が招集されたらどうするだろう?ワタダ中尉の母のような立場になったら?

日刊ベリタ : ワタダ中尉に関する報道 : 8 件

Thank You Lt. Watada

あらゆる情報が国境を越えてネットであっという間に世界に知れ渡る今、個人個人の信条や判断を認めないことで成り立っている軍隊という組織は維持するのが難しくなるだろうな。軍需産業は衰退して行くだろう。これからの国家規模の公共事業は戦争から他のもの(たとえばゴア式環境ビジネスとか)に変わっていくのかな。

「笹まくら」で主人公は「国家は何のためにあるのか」という問いに「戦争をするためさ」と答えている。「スイスなど特別な例を除いて」。著者がこの文を書いている時は、その例外に日本も入っている。9条のような憲法を持つ国は希有な存在だ。世界の宝だとおもう。

軍事産業が縮小されるとすると、在庫品をどこで処分するかが問題になる。アフリカとか中央アジアとか世界の目が届きにくい所が選ばれるんだろう。意外と極東の日本ということもありうる。経済的にはともかく、言語によるコミュニケーションという点では世界から孤立しているから。

ゴミ箱にされるのを慎重に避けなければならない時に、わざわざ戦争を出来る国に変えたりするなんて、不法投棄のトラックが出入りしやすいように、山の中に舗装路を造るようなもんだ。


ラヴソング 9条どうでしょう (単行本)

Posted by ritsuko at 23:56 | |

6 22, 2007

猫とスパイと源氏物語

恋と女の日本文学

「打ちのめされるようなすごい本」に紹介されている本から、すぐ読める軽い本をパラパラ見る。「ネコのこころがわかる本--動物行動学の視点から」は犬猫のマッサージで有名なフォックス先生の本。著者は動物の行動の研究のため猫をたくさん繁殖させる仕事をしたことがあった。最初単純に考えて、オスメス1匹ずつのペアをそれぞれケージに入れておいたが、子猫は全く生れなかった。そこで大きな部屋に猫たちを放すとオスたちの間に階級が生じ、トップのオスがすべてのメスを妊娠させてあっと言う間に子猫だらけになったという。

数ある中から選べることが大事なのね。そしてメスのみなさんの「ミーハー力(りょく)」もあなどれない。「彼ってよくない?」「えー、あたしもそう思ってたの」。。。結局、サッカーにしろ音楽にしろ宗教にしろ女性のミーハーの力によって維持されているのだ。

。。。という部分を読んだところで、丸谷才一の「恋と女の日本文学」に移る。いやあ、著者の言葉は非常にわかりやすい。しかし気持ち良く読んだ後、自分で消化しようとすると言葉が見つからない。それはつまりわかった気になっているけど本当はわかってない。んだろうな。中西準子さんの本を読んだときも思ったけど、上手い人が書いた文章を読むとものすごーく納得する。でもそれを誰かに伝えようとすると、あれ?うまくできない。自己開発セミナーか?「とにかく○○さんに会ってみて」「そんなにいいなら今自分の口で説明してみてよ」「。。。」「できないでしょ、内容じゃなくて言い方にだまされてんのよ」ってことになる。

というわけで、納得したつもりになっていることを説明できないが、平行して思いついたことがあった。わたしは911以後、人は権力とどう関わりながら生きていくのか?ということに興味を持つようになった。そのサンプルを並べて見せてくれたのは「ナイロビの蜂」だった。

ル・カレといえば、「パナマの仕立屋」が映画化された「テイラー・オブ・パナマ」を先月テレビで見た。(手嶋龍一の「ウルトラダラー」にも「パナマの仕立屋」のパロディが出て来る。勇気あるなあ。)配役からしてもうゲラゲラ笑いながら見た。私は最高だと思ったけど、007モノが好きな人にはウケないだろうな。


と脱線してばかりだけど、「恋と女の日本文学」の後半に収められていた「女の救はれ」は非常に興味深かった。そうか、源氏物語のオチはそこにあったのか!恋の煩悩から解き放たれた快感。女人成仏 nyoninjobutsu 。それある。世間体とか向上心とか自分探しとか女の道はプレッシャーだらけだ。祖母は晩年いろいろなことから解放されて本当に幸せそうだった。シワが増えたり体が衰えたりしてもそれとひきかえに手に入る幸せもあると思ったのでした。丸谷先生ありがとう!

Posted by ritsuko at 23:53 | |

打ちのめされるようなすごい本

打ちのめされるようなすごい本 (単行本)

Posted by ritsuko at 17:16 | |

6 18, 2007

ねにもつタイプ

ハマリマス。

ねにもつタイプ (単行本)

気になる部分 (新書)

Posted by ritsuko at 22:28 | 2 Comments |

5 25, 2007

冬の犬

冬の犬 (単行本(ソフトカバー))

アリステア・マクラウドの名前は池澤夏樹のメルマガで知った。響きから女性の作家なのかと思っていたが、実は男性、しかもかなりガテン系の経歴のある人らしい。この短編集に収められているのは著者が子どものころの思い出、家族や家畜の生と死にまつわる話、農民だった祖父母や父母の物語。飾りのない簡潔な言葉で語られるその話のあらすじのみを取り出すとかなり激しい話ともいえる。なのに読後に思い出すシーンは繊細でかけがえのないもの。

1冊読み終えた後は、お遍路の旅から帰って来たようだ。何も持たず誰とも会話せず自分の心の中と向き合うとき、最後に残るのはやはり自分が子どものころに関わった人たちの物語かもしれない。それは強い印象を残し、後々大きな物事について判断を迫られたとき影響を及ぼす。成長した後に得た情報はそれを裏付けるための補強材に過ぎないのだと、このごろ思うようになった。結局人は愛され大切にされた記憶と共にあるものを選ぶ。だから大切な人には大切なものを残さなくてはならない。

Posted by ritsuko at 23:40 | |

4 29, 2007

野生の哲学—野口晴哉の生命宇宙

野生の哲学—野口晴哉の生命宇宙 (単行本)

風邪の効用 (文庫)

整体入門 (文庫)

名著です。野口晴哉は70年代に亡くなっていますが、この人が今生きていたら、アレルギーに対してどのような対処をしたんだろう。養老孟司と対談しだたろう事は間違いない。

Posted by ritsuko at 20:50 | |

4 28, 2007

古の武術に学ぶ

「古(いにしえ)の武術」に学ぶ 身体は工夫次第で生まれ変わる (単行本)


武闘は舞踏。バレエダンサーも体中の筋肉を細かく使い分けています。筋肉の総量は少ないけれど、たくさんのパーツを使い分けることで、ダイナミックな動きができるのです。

どうしたら、細かく使うことができるか?それは運動神経、つまり脳を鍛えるしかないのですけど、私が思うに体の各部分を独立して動かせるようになる速い方法は、ストレッチだと思います。静かに息を吐くと、全身の力を抜くというのはわりと簡単にできます。

ある動作をしながら息を吐くと、動きに必要ない個所がふっと緩むのを感じます。ある場所を選んで力を入れるというのはなかなか難しいけれど、全身に力を入れた後、緩んだ個所を感じるのは誰でもできますから。

Posted by ritsuko at 23:22 | |

4 23, 2007

かたき討ち

かたき討ち—復讐の作法 (新書)

江戸時代までは「敵討ち」が認められていた。ただしそれにも決まりがあった。たとえば、父、兄など目上の身内の敵を取るのは許されたが、子供や弟など目下の者の敵は許されなかった。「敵討ち」は、支配層が武士である社会では全く禁止するわけにもいかない存在だったけど、大人数の戦闘になったり、復習の連鎖が無限ループしたりしないよう、最低限の流血ですむようなシステムになっていたらしい。

非常に興味をそそられたのは、冒頭に出てくる「後妻打ち」。妻を離縁した夫が、1ヶ月以内に後妻をもらった場合(たいてい先妻より若くてきれいな後妻だとおもうけど)屈辱と嫉妬の炎に燃えた先妻が親戚や知人の女たちを連れて、後妻宅を襲撃するという行事があった。

その作法は、「何月何日何時ごろ、何人で伺います。武器はこれとこれを持って行きます(たいていは竹刀や木刀)」と書状で通達し、その際の両家の使者は男性だが、あとは全部女性だけ。先妻チームは相手の家に乗り込み、台所用品や障子を破壊。その後双方の代表者で言いたいことを言い合ったのち引き上げる。流血なしのストレス解消劇。当時は女たるもの一生のうちに2,3度は参加経験があったという。ヒェ〜。

後妻にとっては理不尽なことだと思うけど、正妻だというだけで、すでに先妻に勝ってるんだから、まあしようがないか。いきなり銃で乱射されるよりはいいかも。

Posted by ritsuko at 22:34 | |

4 19, 2007

数学的にありえない

数学的にありえない〈上〉 (単行本)

数学的にありえない〈下〉 (単行本)

「24」と「エイリアス」と「NUMBERS」(数学デカ)と「ミディアム」(霊能者デカ)をミックスしたような展開。

ドラマ化を望む。

Posted by ritsuko at 23:13 | |

4 10, 2007

科学とオカルト--際限なき「コントロール願望」のゆくえ

kagakuto.jpg

私家版・ユダヤ文化論 (新書)

まだぼんやりしていて言葉にならないが忘れそうなので記録。

ちょっと昔までは、有名な科学者や思想家といえども、物事の結果には必ず原因があるという考え方が一般的だった。悪い事が起こるとその影には何か陰謀が潜んでいるのでは?と考えずにはいられない人はまだ多い。(私がメルマガをとっている「田中宇の国際ニュース解説」もそうだし。一応目を通すけど、氏の国際情勢に関する予測はけっこうはずれる。

しかしそれは、万能の救世主のような存在を望まずにはいられない人間の善の部分と対になっている。(私家版・ユダヤ文化論より)

人種、文明にかかわらず多くの人が似たような考え方をするというのは、ヒトの脳がそういう風にできているからだと思われるけど、今ふと思いつくに、ある文明における成長と衰退の過程は、人間の成長過程に似ていないだろうか。

子どものころは親の存在が全てで万能な親に生活の全てを支配される(中世暗黒時代)。思春期を経て親から独立する頃、言動が暴力的になりケンカが強いと思い込む(大航海と植民地支配時代)。30を過ぎる頃多少落ち着き、自分は何もかもわかってるもんねといい気になっている(現代)。

または車の運転だ。教習所では教官に頼らざるを得ず一人で路上に出るなど怖くて考えられない(中世暗黒時代)。免許を手にして1年ぐらいは、車を自由に操る万能感に浸ってスピードを出しすぎて事故を起こす(大航海と植民地支配時代)。自分はベテランドライバーだといい気になって初心を忘れている(現代)。

さて問題は老人期なんですが、どうなるんでしょう?イスラム、インド、中国文明に学びたいところだけど。。。

私家版・ユダヤ文化論を読むと、ユダヤ人って、いじめられっ子の転校生みたいだなあと気がついたんだけど、ユダヤ陰謀説など「根拠はないけど、もしかしてすべての根源はアレでは?」という人類に共通した感じ方はいじめの構造と関係あるのか?

・身の回りで起きる不快な出来事はすべて時の権力者のせいだ
・天災や政変の際にUFOが現われる

なんかも、いじめの構造と関係があるんだろうか。

Posted by ritsuko at 23:36 | |

3 14, 2007

さよなら、サイレント・ネイビー—地下鉄に乗った同級生

さよなら、サイレント・ネイビー—地下鉄に乗った同級生 (単行本) 伊東 乾 (著)

ノンフィクションです。永江朗氏のブックレビューを聞いて読んでみました。

TBS RADIO 小西克哉 松本ともこ ストリーム powered by ココログ: 12/13(水)ストリーム・ブックレビュー

地下鉄サリン事件の実行犯の一人、豊田亨は教団や元教祖の批判はするが、自己弁護は一切行わず被害者への償いとして自分の死刑を望んでいる。著者は豊田の元同級生で現代音楽家。普通の人だった同級生がなぜあのような団体に入って犯罪を犯したか?

著者はマインドコントロールについて検証するうちに、これは特殊な例ではなくて、誰にも起こりうることだと思い始めた。母校に戻り若い学生を指導する立場になった著者は、後の世代がまた同じ過ちを繰り返さないよう、事件の詳細を保存する必要を感じる。

そのために、黙して語らない豊田に接見し、あのとき何があったのか話してほしいと懇願する。黙っていなくなるより、情報源として生き続けてほしい。個人が裁かれ事件が世間から忘れられるのを防ぐため、著者は数年かけて原稿を二つ用意した。一つは最高裁に提出する上申書。もう一つが社会に出すためのこの本。

著者はわたしと同じ60年代生まれです。読後に残ったのは、著者の不器用さ、かっこ悪さ。それを隠さず訴えてくる必死さ。amazonを見ると「著者の自己顕示欲が。。。」というレビューもありますが、わたしはそうじゃないと思います。

無味無臭の人が語る言葉より、生い立ちや家族のことまで明らかになっている人が語る言葉の方が心に残ります。著者が豊田に「取るに足りないと思われることでもいいから話してほしい、なんでもない小さなことが大事なんだ」と語りかけるシーンがあります。本質は思いもかけないところから訴えてくる、それを逃さないためには語り手自身が取捨選択しないことが大事だと著者は述べています。

それを著者自身も実行しつつ、もしかして自慢?ともとられかねない事も総動員して、読者を説得にかかっているんだと思いました。その点で著者は村上春樹の「約束された場所で—underground 2」を批判しつつ、同じ手法をとっています。

この本には「相棒」というキャラクタが出てきて著者と会話しますが、その仮想読者に親しく普通の言葉で語りかけることで、難しく抽象的になりがちな話しの内容をわかりやすく伝えています。

この本の題名「さよなら、サイレント・ネイビー」は、「個人が黙って責任を取ることで事件を忘れるのはやめよう。全てを明らかにして、後の人が同じ過ちを繰り返さないようにしよう。」という意味らしいです。

人口密度が高い日本では他人の主張がストレスになります。客観的な言葉より感情や空気が優先される。けどそれはその場、その瞬間のものだけで、時間が経てば消えてしまいます。国家的な犯罪の責任者が言葉による詳細な記録を残さないと、後の世代は過去から学ぶことが出来ずまた同じ過ちを繰り返すでしょう。

■関連キーワード
・複雑系、創発とイリヤ・プリゴジン
・ルワンダの虐殺ー今月WOWOWで映画が2本放送される
・「天皇と東大」(立花隆著)ーううまた出たか、漢字が多いんだもん。漫画化されないかな
・平泉澄(きよし)

■マインドコントロールについて
新興宗教、マルチ商法、自己啓発セミナー、違う分野のはずなのに、なぜか勧誘してくる人の口調はとっても似ている。先日、ある人から、それらには共通のモデルがあると聞いた。アメリカでベトナム戦争の帰還兵を治療する必要から、大量のセラピストが養成され、マインドコントロール法が授けられた。戦争が終わり、失業した彼らはその手法を使ってビジネスを始めた。というわけだ。ほんまかいな?と検索したらこんなのがありました。

Folklores of LGAT: 自己啓発セミナーの都市伝説

自己啓発セミナーの周辺では、「自己啓発セミナーは、
ベトナム帰還兵のリハビリテーションに起源を発している」
という都市伝説があります。

ーーー


いつだったか親友がくれた手紙にあった言葉を思い出す。

「一体自分はどうしたいのか、それをいつも自分でわかっていないと、他人を傷つけてしまうの。」

ああ、ほんとに。でもむずかしいよね。自分は何を恐れ、何を欲しているのか?客観的に観察し事実を認めるのは。いつも幽体離脱して上から見てるわけにはいかないし。

川柳や4コマ漫画を趣味にするってのもいいかもね。宗教の敵は「お笑い」って「薔薇の名前」でも言ってたしね。

Posted by ritsuko at 01:04 | |

3 13, 2007

環境にやさしい生活をするために「リサイクル」してはいけない

環境にやさしい生活をするために「リサイクル」してはいけない (単行本(ソフトカバー))

金属類のリサイクルは有用だが、ペットボトルや紙のリサイクルは、かえって環境を悪化させるという説。著者は材料学の研究者です。

>名古屋大学 武田邦彦

で、ほんとのところどうなのか?私にはわからない。
ただ、リサイクル出来るからと安心して、資源やエネルギーを使い続けることに疑問を抱かないでいるよりはいい。

材料をリサイクルできたとしても、そのためにかかるエネルギーがそれを一から製造するよりもかえってかかっているとしたら?

白熱電灯を禁止しても、それに代わるものや器具を製造するエネルギーが必要だし、車をハイブリッドに買い替えたとしても、そのハイブリッド車を製造するために、古い車に乗り続けるよりも多大なエネルギーが使われていたとしたら?

自分は環境にいいことをしていると思い込んでいても、見えないところでは実際どうなのか?そもそも楽してしかも環境にいいなんてありうるのか?

この人のサイトに掲載されている文章より。「へーなるほど」と思っちゃいました。

一夫多妻の論理

人間がいかに自分に都合が良いように解釈するかという見本のようなものに「一夫多妻」がある。世の男性に「一夫多妻はどうですか?」と聞くと、ほとんどの男性は「うらやましい」と答える。妻1人でも大変なのにとも思わないでもないが、それが人情というものだろう。そして婦人団体は眉をひそめる。

 この「一夫多妻」に対する男性の反応こそ、「人間は事実をそのまま理解するのではなく、必ず自分本位に解釈する」ことの典型的な例である。

 一夫多妻というのは1人の男性が複数の女性を妻に持つということである。そして男と女は結婚年齢に達した時にはほぼ同数である。ということは、例えば一夫多妻が男性1人に妻10人とすると、男性10人の内、たった1人が妻を持ち、子供を持てるのであって、残りの9人はあぶれる。

 だから男性に一夫多妻を聞けば、9人は「イヤだ」と言い、1人だけが「うらやましい」と言うはずである。それをほとんどの男性がうらやましいというのは自分が10人の内の1人になると錯覚しているからである。

 一夫多妻制度は男性には厳しく、女性にはまだましな制度である。男性は10人のうち1人しか子孫を残せないのに対して、女性はとにかく全員が子孫を残せるのだから。

 自分に都合の良いことが真実であり、実際には不利であっても錯覚の限度一杯に錯覚しようとする、そんな可愛い存在が人間なのだ。そしてその性質を利用してズルをしてやろう、儲けたい、自分が当選したい・・・などと考える不埒な奴もいるから困る。

おわり

名古屋大学 武田邦彦

Posted by ritsuko at 23:38 | |

2 26, 2007

ワシタカ類飛翔ハンドブック

ワシタカ類飛翔ハンドブック (新書)

マニアックな本です。ワシ・タカ類は見分けるのがむずかしい。それ以上に撮影するのはほんと大変。なのにこの写真はよく撮れてます。その写真をじっと見ていると、あることに気がつきます。それは、この撮影されているワシ・タカのみなさんがカメラ目線なこと!こっちが鳥を見ている以上に鳥はヒトを見ているのですね。

Posted by ritsuko at 02:46 | |

2 25, 2007

新ネットワーク思考

新ネットワーク思考—世界のしくみを読み解く (単行本)

ノードとリンク。何を見てもそう見える〜。今まで読んだ本の背表紙に隠されていた新しいページがバタバタと開いたイメージ。アリの社会も、構造主義進化論も、みんなこれだったんだよ。

スモールワールド・ネットワーク」と重複する内容が多いが、こちらの方が私のような一般ピーポーにはわかりやすい。図書館で「スモールワールド・ネットワーク」は社会学に分類されていたが、「新ネットワーク思考」はPCの棚にあった。アプリケーションの使い方とか、web2.0とは何かとか、そういう実用書の類いに分類されていたというのも、読んだ後で納得した。この本が発するメッセージは「理系」のなかに留まらず、人の生活に直結していて、具体的。

経済、言語、物理、生物の細胞、あらゆるものに現われるネットワークのモデル。西洋文明「ネットワーク」に出会う。かな。本の後半になるにつれ、「ツボと経路」とか「因果応報」とか感覚的に持っている東洋人であるわたしには、ええー?今更何を言う?というところもあったけど。

芸術の批評の分野では個々の人間性(作家の内面)に重点を置く価値観の次に来るのは、「ネットワーク」だろうと思われてきた。だからなのかよくわからないけどコンセプトがどうのこうのというアートがたくさんあって、装置があるのはいいけど「それが何か?」(by オオマエハルコ)みたいな感じがしちゃうんだけど。

ところで、「ハケンの品格」を見るたび「木枯らし紋次郎」を思い出すのはわたしだけでしょうか。

木枯し紋次郎 - Wikipedia
(お若い方はDVD時代劇チャンネルなどで)

Posted by ritsuko at 21:40 | |

2 08, 2007

匂いの記憶—知られざる欲望の起爆装置:ヤコブソン器官

匂いの記憶—知られざる欲望の起爆装置:ヤコブソン器官 (単行本)

Posted by ritsuko at 02:04 | |

1 23, 2007

ナイロビの蜂

ナイロビの蜂〈上〉 (文庫)ナイロビの蜂〈下〉 (文庫)

スクールボーイ閣下」を読み終わってから、ジョン・ル・カレは私にとって一級の小説家になった。スパイ小説というジャンルであるにもかかわらず。あれから20年。またル・カレと出会った。

私の亡くなった祖母は言った「男には社会的立場ってものがあるからね。言いたい事を言えないんだよ」「平和を守るのは女の役目だよ」と。子どものころから大事に教えられて来た事が、今踏みにじられて(日本はイラクに派兵していて、イラクでは人がたくさん死んだ)それをわたしはただ見ている。

ジャスティンはテッサが死ぬまで不正を知らなかったことになっている。でも本当は知っていたのかもしれない。きっと子どものころからそのようなことを見続けてきたんだとおもう。そしてそういうことに悩むことから自分を守る術も身に付けたにちがいない。

物語の終わりの方に出てくるセリフ。「女たちがアフリカ唯一の希望なんだよ」「女は家庭をつくり上げ、男は戦争を生み出す。アフリカ全土が男女の戦いなんだよ」男性は女性のように強くは生きられない。でも女性だってむずかしい。実際テッサは死んでしまったし。

ル・カレの「Absolute Friends」がはやく翻訳されないかな。されてるかもしれないけど、あと二年は刊行されないかもしれないな。

(ナイロビの蜂は映画化されたらしいけど、まだ見てないです。)

Posted by ritsuko at 01:46 | |

1 18, 2007

疲れすぎて眠れぬ夜のために

疲れすぎて眠れぬ夜のために (単行本)

Posted by ritsuko at 00:01 | |

1 15, 2007

スモールワールドネットワーク

スモールワールド・ネットワーク—世界を知るための新科学的思考法 (単行本)

10年ぐらい前「ウイルス進化論」の文庫版を読んだとき、あとがきに書いてあった事を思い出した。ウイルス進化論とは、遺伝子が血縁の無い個体同志で水平方向にも伝わる事がある、それを介するのはウイルスだという、新しい進化論。今では遺伝子組み換えなどバイオテクノロジーでウイルスが使われているように、実用化されている。

「ウイルス進化論」が書かれた当時はまだ新しい理論だったため、いろいろな研究者から著者に問い合わせが来たそうだ。あるとき、生物学とはまったく無縁の研究室から参考にしたいという問い合わせがあった。著者がおどろいて会って見ると、それは交通システム、具体的にはカーナビのシステムの研究室だった。そして「ウイルス進化論に基づく制御充足問題の解決」というタイトルの発表が情報処理学会で行われたといういきさつが書かれてあった。

まったく別の分野にまたがる問題。それまでの学問体系にはなかった分野。「スモールワールド・ネットワーク」は著者が「SYNC」の著者 スティーヴン・ストロガッツと共に、その存在に光を当て、模索したドキュメンタリーでもある。(SYNCにもスモールワールド・ネットワークについての章がある)

ネットワークのモデルは「ベーコン数」が有名だが、そのような現象を理論によって説明できる、いやしようとする試みがすごい。ネットワークを理論化するという試みは、昔は仮説を立てても検証のしようがなかった。それが今は巨大なデータベースを瞬時に処理できるコンピュータというものがあるおかげで可能になったそうだ。

世の中のすべての問題はすでに解決済みで、残されているのはとてつもなく難しく人類には取りつく島も無いような気がするが、世界のどこかで着々と新しい分野の研究が、というか分野が開拓されつつあるのだと思うと、いやあ、世界っておもしろい。

医学都市伝説: ベーコン数

六次の隔たり - Wikipedia

スモール・ワールド現象 - Wikipedia

ウイルス進化論―ダーウィン進化論を超えて
中原 英臣 , 佐川 峻
Posted by ritsuko at 19:57 | |

12 21, 2006

古楽とは何か

古楽とは何か--言語としての音楽 (単行本)

アーノンクールは一体何考えてるのか?著書を読んで見た。何が言いたいのかよくわからない。「音楽と言語」を読んで勉強しなおしか。言語が。。。となると、日本語しか話さない日本人に西洋音楽が理解できるのか?というところに行き当たってしまうのかな。

それでも食いつけそうな単語を見つけてはその周辺をかじっていくと、ヴィヴァルディやモーツアルトについて研究した具体的な成果については、ほほうと思う所があった。でもそれはどちらかというと雑学の類いで、周りをグルグル回っているだけでアーノンクールという人にはちっとも近づけない。

寝る前に2、3ページ読んではパタっと閉じて「あ"〜〜」。そんな日々を過ごして2週間。そして昨日アーノンクール指揮のマタイ受難曲を聴いた。「ああ、そういうことか!」言葉で説明できないけど納得してしまうのはなぜ!?不思議。ということでこの本終了。

数年前ポリーニがアーノルト・シェーンベルク合唱団を日本に連れてきてくれて、私は初めてマレンツィオやジェズアルドのマドリガーレを聴いた。ルネサンス期にこんな変態音楽が!いや失礼。こんな複雑で抽象的な音のための音みたいな声楽曲があったのかと驚いた。ほんとに衝撃だった。聴いているうちに上下左右の感覚がなくなり、曲が終わって拍手しなくては行けないんだけど、さて手はどこに行ったか?まずは足を地面につけなくちゃ。その感覚が忘れられなくて、CDを探して手に入れて聴いたが、あの時の感動はどこへ?ちがう。アーノルト・シェーンベルク合唱団だったから?あのホールだったから?

それから数年して、ジェズアルドの曲に似た音楽を聴いた。それはジャワの宮廷のガムランのCDだった。バリ島のガムランと違って、非常に洗練されていて。。。ていうか洗練されすぎてちょっと変態入ってる感じ。あるスタイルが洗練されてされすぎると、それはむしろ変!になる。この法則はバレエや、オペラや、歌舞伎や、巨大になりすぎた恐竜や、やせ過ぎのモデルさんなどにも当てはまるとおもう。それはそれで私は好きだが、「プリーズ・ミスター・ポストマン」はカーペンターズよりビートルズの方が好き。

Ç  Ç

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シャミの予防注射。病院の猫はこんがりトースト色。食欲不振で連れてこられていた子猫がかわいかった。

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バルサのみなさんもやっぱり行くのか秋葉原

Posted by ritsuko at 00:42 | |

12 09, 2006

明るい部屋の謎--写真と無意識2

明るい部屋の謎--写真と無意識 (単行本)

世界を象徴的に消化=同化する自らに固有のプロセスに他者を巻き込みたいという欲望は普遍的なものである。

不条理が渦巻くこの世の出来事を自分に理解できる大きさと形にして引き出しにしまいたい、そして安心したい。できればすべてを言葉に置き換えてすっきりさせたい。なぜ生きるのか?なぜ死ぬのか?なぜ異性にもてないか?納得いく説明がほしい。その適用範囲の広さにより、宇宙全体をカバーするなら科学、文明共通なら哲学、気候風土内なら宗教や占いといろいろあるものの、人間は常にそういう活動をしないと不安で生きていけないものらしい。

著者は、その過程も言語によるもの(哲学)映像によるもの(美術)身体によるもの(カメラを構えてシャッターを押す動作とか?)様々あり、かつてはすべての過程は最終的に言語に集約されると思われていたが、映像には映像の、身体には身体の象徴化プロセスがある。。。。。って普通そうでは??

それに映像には、自分の脳内にある過去のトラウマや家族の秘密を解放すべく、つまり象徴化しようとする試みの痕跡が残るって、私が大嫌いな近代美術の研究方法、作家の年譜を調べて個人的な出来事が絵画におよぼす影響を調べるという探偵ごっこを思い出してちょっとムカっとした。まったく心理学者や占い師は油断ならない。

著者の他の本、タンタンの冒険旅行シリーズを精神分析したという「精神分析家を訪れるタンタン」には、私自身がタンタンが好きなのでちょっと興味あるけど。ああ、もうやられてる!

タンタンとエルジェの秘密 (単行本)

Posted by ritsuko at 15:55 | |

12 07, 2006

明るい部屋の謎--写真と無意識

明るい部屋の謎--写真と無意識 (単行本)

ロラン・バルトの「明るい部屋」やソンタグの「写真論」は、写真という映像を見る事についての本だったが、この「明るい部屋の謎」は写真を撮るという行為についての考察を述べた本。序章の6ページだけで考える事が多くて、なかなか先に進まない。

何故人は写真を撮ることに熱中するのか?対象をカタログ化して所有したい、映像の制作者側に回りたい、被写体との力関係で上位に立ちたい、いろいろあるが、著者は「様々な欲望の背後に映像による世界の明瞭化という欲望が浮かび上がってくる」と述べています。

私が何かにカメラを向ける時、それは相手が私を呼び止めるから。薄暮の中に浮かび上がる光と影の言葉を聞き取ろうとするからなのですが、それはやはり世界を明瞭化したいという欲望なんでしょうか?
(いつになるかわからないけどつづく)

明るい部屋--写真についての覚書 (単行本)   写真論 (単行本)

Posted by ritsuko at 15:00 | |

11 08, 2006

半島を出よ

半島を出よ (上) 半島を出よ (上)

読み始めてすぐ、これは「昭和歌謡大全集」の続編なのだと思った。ワカランチン同志の理由なき戦い。村上龍の小説は憎悪と暴力を隠さない。周りに趣味のいいカーテンをひいて、自己完結の世界に閉じこもるのを許さない。すさまじい暴力と爆破のふるいにかけられて、それでも残るものとは?

昭和歌謡大全集

ああ、アレも読んだしこれも読んだ。もう読むものがない、とうとう仕事をしなくては。。。
ジョウビタキ、ツグミ初認。今年のツグミは早い。ヒメアマツバメは今日も元気。

Posted by ritsuko at 21:43 | |

11 07, 2006

芋づる式古事記とY染色体

図説 地図とあらすじで読む古事記と日本書紀

夏に日本の神話のイラストを描いて、当時の衣装や装身具がわからなくて苦労しました。それを調べているうちに芋づる式におもしろい本に出会いましたので記録しておきます。

きっかけになったのは、サクヤコノハナヒメの話。ニニギノミコト(弥生人)と、もともと九州に住んでいた土着の部族の姫君サクヤコノハナヒメ(縄文人)が出会い結ばれ、しかしいろいろ両家の間で悶着があり。。。、女性側の親が姉も一緒にもらってくれと送り付けてきたのを返したり、女性の妊娠期間が短いので自分の子ではないのではと疑ったり、それを怒った女性が火を点けた小屋の中で3つ子を産むという話。

一夫多妻、早産、多産、産屋の風習、それらが大陸から来た洗練された文化(当時比)を持つ男から見れば、獣ぽいというか野蛮な感じに見えたんでしょうか。愛の力で結ばれた二人ですが、やはりカルチャーギャップがあり、二人の間が長続きするわけも無く。。。ショーペンハウエル先生の言う通り「遺伝子的に最良の組み合わせが、その後の生活を心地よいものにするとは限らない」であります。

「図説 地図とあらすじで読む古事記と日本書紀」は日本の神話の世界を短時間で俯瞰できます。神話のストーリーを地図と合わせて見ていると、神話の舞台が出雲や日向なのはなぜなのかなど、いろいろ考えてしまいます。大陸から来た人々は稲作に適した暖かく湿潤な平野を探していたはず。農地を探して宮崎平野にたどり着いた弥生人の先遣隊と、先住民だった縄文人との間で、いろいろあったかもとか。

古事記と日本書紀を比較対照しつつ、なぜ2つの記紀が存在するのかも解説されています。古事記は国内向けに大和朝廷支配の正当性を確実にするため。日本書紀は外国(中国)にうちはこういう国ですと提出するためだったそうです。


そこらへんの事情をミステリーというか歴史スキャンダルとして書いているのが梅原猛「神々の流竄(ルザン) 」

神々の流竄(ルザン)

そして遺伝子レベルで当時起こったことに迫る「Y染色体からみた日本人」と日本におけるDNA研究を客観的に述べた「DNAから見た日本人」

Y染色体からみた日本人  DNAから見た日本人

日本人男性のy染色体においては2つの系統があり、それぞれを世界的なy染色体の系統図(というのを調べた人がいたのですね)にあてはめると、両者はかなり離れていた。人類はアフリカで発生し、ヨーロッパ、アジアと移動して(弱いものが追いやられて)きたわけですが、片方のy染色体はアフリカ系に近い。つまり、かなり初期に大陸を移動して、このアジアの辺境の崖っぷちの日本にたどり着いて定着した。その後かなり時間が経ってから、大陸から朝鮮半島を経由して別の系統の人たちが移動してやって来たというストーリーが推測される。

元々日本列島に住んで漁労採集生活をしていた人々(縄文人)と、農耕文明を携えて大陸からやってきた人々(弥生人)、海彦山彦の話しのように、各地で対立が起こっていたのかとおもいきや、遺跡などを調べるとそうでもないそうで、人々はじわーっと混ざり合い、いつの間にか区別がつかないようになった。日本語も混ざり合って一つの言葉になったし(動詞の2段活用が縄文語、5段活用が弥生語の名残だそうです)日本人は単一民族と疑わない人もたくさんいます。

「Y染色体からみた日本人」の著者は、このように系統的にはかなり離れていた民族同志が、諸外国で起こっている民族対立紛争みたいなことにならず、仲良く共存している事実を強調しています。これはなぜなんでしょう。大陸からの落ちこぼれ同志だから?それとも稲作と言う経済活動の力?

職場で知り合った外国人の女性があるとき「夫は私に、日本人はそうはしない、日本人はこうするんだと指図する。わたしは外国人なのに!」とガハハと笑った後ふとマジな顔になって「日本では外国人は外国人のままでは暮らせない」とさしみそうに言ったことがあります。

日本の上空にはなんていうか吸い取り紙のようなものが浮かんでいると思うことがあります。とにかくちょっとでも異質なものは何もかも吸い取ってしまう。いいものも悪いものも。そして適度に油抜きされて粒子が揃ったものが残る。その吸い取り紙状の装置とはやっぱり神社なんでしょうか?あのお払いの時にバサバサふられる紙を切ったヤツ、あれがあやしい。

Posted by ritsuko at 23:48 | |

9 24, 2006

ブラティスラヴァ世界絵本原画展

やっとでき上がった大重シリーズアイコンを持って、夕方yo氏は東京へ。私は車で馬入橋を渡り平塚へ。10月1日までの絵本原画展を見に。平塚市美術館はなんとこの会期中連日7時まで開いています。すばらしい。

平塚市美術館/企画展示
世界の絵本がやってきた
ブラティスラヴァ世界絵本原画展
特別展示 チャペック兄弟、ラダ、トゥルンカ チェコ絵本の黄金時代

静かな夜の美術館。絵を勉強している風の若い人がチラホラいるだけ。たぶん昼間はお子さん連れでにぎやかなんだろうな。絵だけでなくておもちゃの展示もあって楽しい雰囲気です。

グランプリ受賞のイランの作家の絵はマチエールも陰影も深くあたたかくて素晴らしい作品でした。絵本の原画を見て毎回おもうこと、それは「小さい」。絵本の原寸なんです。そこにあんな細かく小さく何重にも技術を重ねて描けるとは。若いうちでないとできませんね。

世界の作家の原画は、作家自身のイメージでビッシリ固められています。対して日本の作家は絵の具が乗っていない余白がきいています。海外の作家の濃い味を見たあとでは、ちょっと物足りないかも?と思うのですが、印刷されて絵本になったものを見ると、それがいーい感じなのです。会場ではソファの上に原画の絵本も用意されていて自由に見る事ができます。


瀬川康男の「ひな」はコラージュのように見える繊細な表現。この方は名作「いないいないばあ」の方なんですね。

ひな (単行本)


宇野亜喜良の「りゅうのおくりもの」は大迫力の飛び出す絵本。ちょっと怖いのがいいですねえ。舞台は江ノ島なんですけど、お土産屋さんなんかにも置いてあるのかなあ。宇野亜喜良の絵本ですよ。なんちゅうオシャレなお土産になることか。これは「とびだす!妖怪のえほん」シリーズだそうです。
◇仕掛け絵本プロジェクト2004 ■第1回 
日本絵本賞受賞絵本原画展

りゅうのおくりもの--江ノ島妖怪伝


「どい かや」さんの「チリとチリリ」は色鉛筆でとってもきれいでかわいい。小さな二人の女の子が自転車に乗ってあちこち行くのがいいわあ。「チリとチリリうみのおはなし」も見たい。

チリとチリリ (単行本)

チリとチリリうみのおはなし (単行本)


そして今回わたしてきグランプリはこれ長谷川 義史さんです。

どこどこどこ--いってきまーす (大型本)

この絵の前で、ブホッと声が出て、バッグからメガネを取り出しました。ああ、これは誰かと一緒に見たい。製本された絵本も手に取りまして、じっくり見ました。これおもしろいよねえ。あたりを見回すのですが、若い人たちはあまり興味がなさそうです。オバサンさみしい。


そして第2部はチェコの代表的絵本作家のコーナー。「ダーシェンカ 子犬の生活」のカレル・チャペック、トゥルンカ、ラダなどの有名な絵。おっと思ったのは、セコラのアリさんシリーズが出ていた事。ずっと前、ユトレヒトで面白い絵本を見た。主人公がぎっくり腰のアリで、なんとジャージ着てるんですよ。その名も「アリさんあいたたた」。ずっと気になってたんです。


【polamal se mravenecek】
Josef Kozisek/著 Nakreslil Ondrej Sekora/絵


他にもブタさんの絵のお肉屋さんのポスターや、黒ビールの宣伝用のイラストなどもかわいかったです。

この企画展はこの後地方を巡回するそうです。平塚での図版は売り切れで、どうしてもほしければ出版元に現金書留で申し込むようにということでした。首都圏ですと2007年1月20日