DARA^2 diary
1998.06.16(Tue)
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本を書いて出すと言うことは、とても公(おおやけ)なことである。しかし、と同時にたいへん個人的な行為でもある。
ぼくは今も新しい本を書いているが、この作業はとても個人的な毎日の中で行われている。言うなれば、日々の日記のようなものだ。
その日のできごとこそ書かないが、その日に思いついたことやわかったことを書きとめているのだから。

そういうふうにして書いた本が出版されて商品として本屋に並び、公のものとなる。
そのときにはすでにぼくの個人的な生活とは切り離れてしまい、ただの入門書になってしまう。
ただの入門書になってしまった本を手にして、ぼくはなんだか複雑である。

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ファイルメーカーMLを見ているとぼくの役割は終わったのかも知れないと思うことがある。
その1つの理由は、MLのQ&Aを読むにつけ、ファイルメーカーは機能の限界に来ていることが明白だからだ。
どうすればできる?こうやれば可能。という、その方法がどうにも強引と言うか、スマートじゃない。
一度作ったフォーマットも流用が難しく、肝心な検索/抽出機能なども中途半端なまま。
ぼくには、ファイルメーカーがソフトウエアとしての寿命が尽きているという気がしてならない。
現状をうち破るコンセプトを注入しなければ、つまらないソフトになってしまうだろう。


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